2024年8月19日の現代ビジネスの表題の記事を紹介します。
「高額化しがちと言われるタワーマンションの大規模修繕工事。これを見据えて、毎月の修繕積立金も年々高額化している。しかし、当初からの工事費用の計画に疑問を持った、あるタワマンの管理組合では、管理会社とは別ルートで見積もりを取り直した。すると、その“常識”とは異なる結果が出てきた──。(*記事内容は編集部が保証するものではありません。実際のマンションの状況に合わせて情報を参考にしてください)
管理組合で見積もりを取り直すと「60%増し」が発覚
関東の築20年、350戸のオフィス店舗を含む複合型タワマン。1回目の大規模修繕工事の計画が進められてきたが、管理会社が策定していた高額な工事計画を巡って、疑問に思った管理組合では、独自の見積もり取得に奔走していた。そして、今年に入り、計画より格段に安価に工事ができることが判明したという。
同タワマン大規模修繕工事の見積もり取得をサポートした、修繕工事の支援サービス「スマート修繕」代表の豊田賢治郎氏がいう。
「このタワマンの長期修繕計画においては当初、8億円(税込み)の工事費を見込んでいました。ただ、複合であることやタワマンであることを鑑みても、『割高では?』と感じる金額帯でした。そこで管理組合では『管理会社以外の提案も受けて、妥当性を確認したい』ということになり、我々がサポートすることになったのです。
住民アンケートによる要望の反映や、建築士による建物診断、ドローンを活用した外壁調査のうえで、複数の工事会社から相見積を取得したところ、工事の金額は約5億円に収まりました。施工範囲は外壁塗装のほか、シーリングは長周期化対応などフルスペックの工事仕様で、施工会社は業界トップクラスの大手となります。
この費用は戸あたり約140万円であり、通常のタワーマンションの大規模修繕費用としてはリーズナブルで、一般的な中規模マンションより少し高い程度の金額となります」
必要性のない高額な維持費は「資産性悪化」に繋がる
長期修繕計画(長計)は、毎月の修繕積立金算定の根拠とするため、将来的な工事費をあらかじめ見込んでおくものだ。資金不足に陥らないように、多めに算定して徴収するのは一理あるようにも思える。
しかし、仮に実際の工事費より60%も多く見積もっていたとすれば、さすがにどんぶり勘定も甚だしく、営利的な“水増し”を疑われても仕方のない水準とも言えるだろう。管理会社は工事からも収益を得るが、その管理会社自身が長計を作成しており、“お手盛り”になりやすい。
そして高額な工事費の見込みは、修繕積立金の形で、必要のない金銭負担を所有者に強いて、経済的ダメージをもたらしてしまう。また、高額な維持費(積立金)はリセールバリューという観点からも、物件の資産性に悪影響を及ぼしてしまうことにもなる。
今回は、たまたま高額な計画に疑問を持った住民側が別ルートでの相見積を取得したことで、“実際の工事費”が判明して事なきを得たが、そのまま管理会社が策定した長計に従って計画を進めていたら、必要のない割高な工事費を支払う可能性もあった。
前出の豊田氏によれば、タワマンの大規模修繕は管理会社や設計コンサル会社の主導で事業を行う一般的な進め方では、戸あたりで平均200万円程度になるケースも多く、所有者も「タワマンは高い」という先入観から、再検討をせずに受け入れてしまう実態があるという。
だが、冒頭の事例のように、フェアな相見積もりを実施すれば、本来の適正価格で工事が実施でき、管理会社策定の長計からは大幅にコストダウンできる可能性があるのだ。
「タワマンの大規模修繕は高額」のウソ
豊田氏が続ける。
「タワマンの大規模修繕は、ラウンジやゲストルームなどの共用施設やディスポーザーなど、特有の設備が多いことから高額になるというイメージがあります。しかし、実際には建物の外周を修繕する、いわゆる大規模修繕の工事費においては、それらの共用施設の存在や設備の影響は受けません。
むろん、高層ゆえに『無足場』となりコストが膨らんでしまう部分はありますが、その一方で屋上防水は戸数あたりの施工面積が少なくて済み、内廊下設計であれば内外壁や床の施工面積も少なくなります。そして何よりボリュームディスカウントが期待できるなど、コストが抑えられる部分もあります」
今回のタワマンの事例でも、シーリングの施工単価は一般的なマンションより10~20%程度安くなっているという。
「『タワマンだから高くなる』とは、必ずしも言えないと考えています」(豊田氏)
国交省資料の「平均値」を信じてはいけないワケ
それでも、多くのマンション所有者は「修繕費は高額」と思い込み、不必要なカネを支払ってしまっているケースが多いのが実情だ。特にタワマン工事費の「適正額」は、情報が少なく、把握すること自体が困難なこともある。
そのため、頼ってしまうのが国交省ガイドラインなどが提供する工事費の「平均値データ」だ。しかし、この平均値を目標にする行為自体が実は危ういという。
住宅ジャーナリストがいう。
「タワマンの工事に限らずですが、これらの元データは、管理会社や設計コンサルへの『お任せ』による工事費の集積であるとの見方もできます。というのも、大規模修繕工事は管理会社や設計コンサルが主導する一般的な進め方では、談合による水増し請求を防ぐことが難しいのが実情だからです。
管理会社による『責任施工方式』では、高額な中間マージンを持っていかれ、設計コンサルタント会社が主導する『設計監理方式』でも、国交省が警鐘を鳴らしているように、キックバックの存在があります。
公募をしたつもりでも、主導する設計コンサル会社によって裏で不正があったり、業者間の手続き業務の際に、管理組合が関知しないところで連絡を取り合って『競合排除』をされたりと、がっつり談合されてしまいます(既報)」
大規模修繕工事の適正額は戸あたり120万~130万円
適正額で工事をする上で何といっても重要なことは、大規模修繕工事の「適正費用」を把握しておき、提示された工事費が割高かかどうかの判断基準を持っておくことだ。
国交省の『令和3年度マンション大規模修繕工事に関する実態調査』によると、ボリュームゾーンでは、戸あたりの大規模修繕工事費用は100万〜125万円となっているが、この数字は総工費の25%程度の工事足場の仮設工事費を含んでいない。
これを含む大規模修繕の総工費の平均は150万円程度となるが、複数の大規模修繕工事関係者によると、「費用は物件の形状によっても影響を受けるが、関東の一般的なマンションでは120万~130万円が仮設足場の工事代を含む総工費の相場で、関西ではこの10~20%ほど安くなる」という。
この150万円という国交省データから算出された数字と、実際の工事費の「差額」が管理会社や設計コンサルの中間マージンになっている可能性がある。平均値はあくまで、高すぎる場合に参考にすべき指標で、平均値を目指してしまうと、談合価格を目指してしまうのと一緒かもしれない。
工事費「適正金額」の把握が重要
住宅ジャーナリストがいう。
「まずは自分たちのマンションがいくらで修繕できるのか、その適正金額は、管理組合が管理会社や設計コンサル会社を介さず、独自ルートで工事業者から見積もりを取らないと把握できません。管理会社や設計コンサルタント会社が作る長期修繕計画や、彼らが主導する見積もりは、正味の工事費ではなく、本来、支払う必要がない彼らの利益分も上乗せされているのです。
業者選定と見積もりの取得手続きは面倒でも管理組合が独自でやらないと、それだけでマンション所有者全員が大損することになります」
残念ながら、多くのマンションでは自らが大損していること自体に気付いていないケースが多いのが実情かもしれない。
毎月の修繕積立金が突如、2.5倍に
業界関係者がいう。
「都内のあるタワマンでは、管理会社より住民側に、積立金の値上げが現行の2.5倍に打診されているようです。標準的な広さでは、1万円が2万5000円となり、管理費を含む維持費は5万5000円、固定資産税を入れると9万円近くなります。
このマンションは理事会のない外部管理者方式で、住民側は抗弁の機会もなく、『仕方ない』と受け入れられ、値上げ案は総会で可決されることになるでしょう」
修繕積立金の値上げは、建物の修繕計画である「長期修繕計画」(長計)で策定された工事費の合計を根拠にしている。だが、実はこの長計は、一般的には管理会社や設計コンサルタント会社などの修繕事業者が作成する。
工事からも収益を得る修繕事業者自身が、計画を作成するため、“営利的”な計画になりやすく、長計は業界内では『管理会社の営業計画書』と揶揄されているほどだ。
前回記事では、住民側が見積もりを取得したタワマンの大規模修繕工事費に比べ、管理会社が作った長計では60%も高く費用計上されていた事例を紹介した(実際の工事費5億円・管理会社作成の長計は8億円)。上記の事例もひょっとすれば、長計自体が割高な算定である可能性もある。その方が管理会社は儲かるからだ。
“盛り盛り”長計がアナタの「老後資金」を狂わせる
なお、修繕積立金の平均値については、国交省が2021年に改訂した実態調査資料によれば、一般的なマンションでは月1万5000円を超え(60㎡換算・平米単価252円)、タワマンのような20階以上のマンションでは2万円を超え(60㎡換算・平米単価338円)るなど、なかなか高額だ。
修繕積立金は、設備関係など大規模修繕工事以外にも使うが、適正に大規模修繕や設備更新の見積もりを取れば、この水準自体が取りすぎている可能性がある。
住宅ジャーナリストがいう。
「長期修繕計画を管理会社や設計コンサルタントに『お任せ』にしてしまうと、彼らの“取り分”が乗っかった“盛り盛り(既報)”の長計になるのは至極当然です。近年は『積立金を上げないと長計通りに工事ができない』と言われますが、業者が自らの利益分も見込んで作成するその『長計』自体が適正かどうかの議論は、実はほとんどされていません」
しかも、長計を元にした修繕積立金など月の維持費が高いと、住民の日々の生活面への負担だけでなく、リセールバリューへの影響も少なくない。金利の上昇が想定されている今後は、さらに悪影響を及ぼす可能性もある。
マンションの売却費をあてにした老後の資金計画も、場合によっては大きく狂いかねない。決して、他人事にしていい軽い問題ではないのだ。
長計自体、「必要ない」と言い切る業界関係者も
もっとも、業界関係者によれば、「もともと長計自体に神経質になる必要は全くない」と断言する。商業ビルでは長計自体を作成していないケースも多く、「計画的な予防修繕をせず、問題の予兆が出た段階で修繕する商業ビルの方針で、実際、何の問題も出ていない」というのがその理由の一つだ。
住宅ジャーナリストが言う。
「おおまかに計算し、それで万一足りなければ積立金が貯まるまで時期をずらすことで調整すればいいのです。積立金が月1万円の50世帯のマンションで仮に工事費が2000万円足りなくても、約3年待てば必要料が貯まります。3年間工事を延ばしたところで、特段、不都合など起きないでしょう。
大規模修繕の工事費が戸あたり130万円として、エレベーターなどの設備更新や日常の工事の費用を加味すると200万円程度、15年周期なら月1万2000円程度で収まります。
さらに中間に小修繕を実施しつつ、18年周期に延ばせばもっと安くなる。このやり方で、特段、問題がないことは、平均的な積立金1万円程度の高経年マンションが市場で相応の値段で流通していることでも証明されています」
長計は業者による積立金値上げの“プロモツール”
このように、リスクや必要性を十分に検討しないまま、安易な積立金の値上げは禁物だ。特に値上げの正当化の根拠となってしまう「長計」について、前出の業界関係者が警鐘を鳴らす。
「大前提として、工事で儲ける業者が、その工事計画を作る行為自体がおかしい。車のディーラーに顧客の買い替え計画を作ってもらうようなもので、必然的に過剰な水増し計画になってしまう。しかも、工事単価には定価がないので、“盛り”放題です。
そして何も事情を知らない管理組合は、当然、長計を作った管理会社や設計コンサル会社に工事を主導してもらう流れになり、必然的に談合取引のレールに乗っかってしまう。住民の無知と不安感に付け込んで、高額な工事を勧める行為は、非常に悪辣で、住民側はもっと警戒感を持っておくべきです。
そもそも、5年先の工事費など誰にも分からず、工事業者によっても違うのに、概算だとしても30年分の工事費を出したところで意味がない。よく、『うちの長計は実際の工事費とぴったりですよ』という修繕事業者がいますが、それは“盛った”計画に、お抱えの工事業者と談合して金額を合わせているだけの話です。普通に工事会社を選定して見積もりを取っていれば、何年も前に作った長計の金額と合う方がおかしい。
長計は、工事で儲けたい管理会社や設計コンサルの収益源となる修繕積立金を、できるだけ多くプールさせるための、プロモーションツールでしかありません。だから、長計は必然的にできるだけ割高に見積もられることになる。特に管理会社は日常的な工事からも収益を得るので、原資となる積立金は多い方がいい。『長計に対して積立金が足りない組合が多い』となるのは長計が営利的に盛られすぎているだけの話です」(業界関係者)
均等積立方式「移行」の罠…
このような長計の闇には一切触れず、マンションの専門家らの中には、メディアやSNS、勉強会等で「お金が足りなくなる」ことだけ煽って、積立金の値上げを推奨する意見が多い。特に近年は、将来にわたっての支払額の固定化を目指す「均等積立方式」が推奨されているが、こちらも注意が必要だ。
住宅ジャーナリストが解説する。
「この方式は値上げに目新しい名前を付けただけで、将来的にさらなる値上げがないことを保証するものではありません。目先のお金が増えてしまうと、その分、無駄で高額な工事も増えてしまいかねません。そしていずれは、『足りなくなったから引き上げる』ということになってしまう可能性は十分ある。しかも、均等積立方式の導入が検討されているマンションでは、月2万〜3万円台を想定されるケースが多く、おしなべて高い。『今は物価上昇でそれくらいする』というのは大ウソで、これらは修繕事業者が自社の利益を上乗せした『“言い値”の長計』に基づいているからです。
よく最初の設定が低すぎると言われますが、本当はそうではなく『盛りすぎた長計に対して、分譲を捌くために売る時だけ積立金を抑えている』だけです。分譲不動産会社は、子会社の管理会社経由で、後の修繕工事でも大きく儲けることを狙っているからです。
管理会社が作った長計に書かれている単価は一度すべて無視して、修繕周期も見直し、別ルートで計画を練り直さなにと、損を垂れ流すことになってしまいます」
高額な工事営業インセンティブを出す管理会社も
このような、管理会社との利益相反関係や、割高必至な管理会社経由の業者選定と発注方法に問題点を見出さず、値上げだけ主張する人の意見を鵜呑みにしてしまうのは非常に危険だ。意図せずとも、業者の片棒を担いでしまっていることにもなりかねない。
「もちろん、値上げを提案する理事会役員らが、裏で業者と繋がっているというのも、十分あり得る話で、修繕利権とは莫大な金額が動く大きな闇なのです。そもそも、工事業者でもない管理会社が、専門家の立場を悪用して、自社が得る中間マージン目的の工事提案を『このマンションに必要な工事だ」と説明するような行為は住民を欺いているのと大差ない。
しかも、社員に工事インセンティブを出す管理会社も多い。調べれば分かりますが『インセンティブ年平均100万円』と求人サイトで平然と謡っている大手管理会社の求人情報を見たときは、ゾッとしましたよ」(住宅ジャーナリスト)
住民の不安を煽って高額な工事を
マンション管理コンサルタントが言う。
「『修繕のお金が足りない』というマンションは、そのほとんどが、管理会社への『お任せ体質』で必要性の薄い工事に、高額なおカネをかけてしまっているケースが多い。お金が足りないのは、積立金が安いからでも、住民が高齢化しているからでもありません。むしろ積立金が必要以上に高いマンションほど、管理会社の言いなりになっている証拠でもあり、不要で割高な工事も多い印象がある。
理事会議事録を読んでもらえば分かりますが、記載されている工事の金額を他の会社に確認すると、ビックリするほど相場より高い金額で契約されていることが分かる。でも、ほとんどの住民は議事録など読まず無関心なので、いいようにお金が使われてしまっています。しかも、必要性が怪しい工事提案に『今工事をしないと、万一の事があれば理事会の責任ですよ』と不安を煽って高額な工事を正当化する。どこかの団体の『壺』の売り方と大差ありませんよ。
彼らは面倒な総会承認を避けるため、毎年、高額な『予備費』を計上し、緊急工事などと説明し、工事に無知な住民を欺いてその枠を目いっぱい使おうとする。残念ながら、そんな管理会社がとても多い。こうした手口でどんどん管理組合のお金を自社の利益に変えているから、『おカネが足りない』となるのです」
管理会社の“ステルス手数料”が管理不全の元凶
このような手法を可能にしているのが、管理会社が得る“手数料(中間マージン・キックバック)”が見えにくい形の取引形態になっているためだ。
「例えば、金融取引で販売代理店の手数料を、金融商品の本体価格に紛れ込ませて非開示にしていると利益相反取引の観点から業法違反に問われます。しかし、マンションの工事を含む管理全般では、あらゆる費用に管理会社の“ステルス手数料”を紛れ込ませた取引が常態化しています。だからこそ、業者はこの手数料欲しさに、ほとんど問題がない経年劣化を大きな問題だと説明して必要性が薄い割に高額な工事(既報)をやりたがるのです」(同)
なお、この「ステルス手数料」問題は、『あの財閥系マンション管理会社に「騙されていた」と憔悴する男性…工事費に「“高額キックバック”分の上乗せ」が常態化していた!工事業者が暴露するヤバすぎる実態』でも指摘した通りだ。
良い管理とは、管理会社などが主導する「必要な工事」の言い値に合わせて積立金の値上げを行うことではない。工事や管理を収益源とする管理会社との利益相反関係に着目し、高額が予想される工事や取引には、極力、管理会社を取引に関与させないことが重要だ。でないと、維持費を値上げしたところで、彼らの「売上原資」を増やすだけになってしまう。
賢明な大規模修繕の進め方
一級建築士で、マンションコンサルタントの須藤桂一氏に無駄のない賢明な大規模修繕の進め方を聞いた。
「まず、重要なことは修繕周期です。足場が必要な外壁やバルコニー部分の防水など、いわゆる大規模修繕にあたる工事は基本的に18年周期を目指すといいでしょう。弊社の顧問先の物件でも、状態に応じた修繕の結果として早ければ16年、遅ければ20年に近い場合もあり、結果として18年に近い周期に収まっています。それで、特段、問題は起きていません。
実は外壁の10年おきの全面打診検査も、2022年から格段に安価なドローン検査でも可能となりました。つまり、高額な足場を組まなくてもドローン検査やブランコによるロープアクセス工法で、打診検査の報告だけを済ませ、実際の修繕工事を18年周期で実施しても、法的にも問題はありません。
工事周期を延伸すると、外壁タイルの浮きが心配かもしれません。しかし、浮きの範囲が限定的で、壁面の直下で人間の往来が少なく、万一、タイルが剥落した際の事故の危険性が低いなど、環境的に許せば、周期を延ばしても問題はありません」
もともと、修繕工事は管理会社など修繕事業者の主要な収益源となっており、時に過剰で不必要な工事が推奨されやすい環境がある。須藤氏が指摘するように、工事修繕周期を延ばしたマンションでも、問題は起きていないのが実情だ。
なお、過剰な工事については、『屋上防水の“漏水事故発生率”は25年でたった4%…学会論文で判明「マンションン修繕工事」は無駄ばかり!工事しないと“廃墟化”は大ウソだった』でも詳報している通りだ。
「設備関係の更新」は問題兆候が表れてからでOK
須藤氏が続ける。
「もちろん必要性があれば工事を前倒ししてもいいし、外壁に部分的に目立つクラックがあるなら、ロープアクセス工法を活用して、数十万円程度で臨時的に補修することもできます。屋上防水も保証が切れることを理由に10年スパンでやるのは早すぎるので、外壁と同時期の18年周期でやってもいいし、漏水リスクの原因になることが多い外周部分に絞って修繕するのも合理的です。
その他の足場が必要のない塗装の劣化や、クラックなどの部分は、あらかじめ18年分の予算を取っておいて、劣化具合に応じてその都度、理事会の判断で修繕をすればいい。
つまり、12年など短い周期を決めつけて大規模修繕をするのではなく、18年周期をめざして、その中間で必要に応じて部分的に修繕をすることで、建物はこれまでのセオリー通りの修繕と比べて、ローコストでも長持ちできるようになるのです。また、給排水管の更新やエレベーターのリニューアル工事など設備系の工事も、特定の周期を決めるのではなく、経年劣化の兆候など、必要性が出てからの工事で全く遅くはありません。特に配管類は、90年代以降の部材であれば、メーカー推奨の耐用年数以上、長持ちすると考えられます。
設備関係は法定検査や任意検査をしているものなら、突然使えなくなることは考えにくく、定期検査などで指摘事項が増えるなどしてから更新することにすればいいのでしょう」
なお、18年周期の工事は『国交省調査「マンション修繕積立金」が10倍の事例も…!積立金・大幅節約奥の手「大規模修繕の修繕周期12→18年化」完全攻略法』でも詳報している。
業者選定を修繕事業者に「依存すると」談合の餌食に
適正金額で大規模修繕を実施する上では、工事会社の選定や見積もりの取得方法も重要になってくる。
須藤氏がいう。
「気を付けるべきは、修繕事業者から施工業者の紹介や斡旋は受けてはならないということです。彼らが工事会社を紹介をする時点で、タダで仕事を回すわけがありません。管理組合が関知しないところで、支払ったお金の一部が、リベートとして会社間で流れていると見るべきです。
また、闇雲に大手に頼んでしまうのも危険です。高いだけで下請けに丸投げされて、施工品質に問題が生じる恐れもある。
そもそも大規模修繕工事で実施する作業は、クラックやタイルの補修、塗装などです。こうした一般的な修繕であれば、営業を長年続けられている業者であれば、施工品質に優位差は出にくい。なにより職人さんの腕が重要で、大手の見習いクラスがやるより、独立して個人事業でやっている一人親方の方が、むしろ仕上がりがいい場合もある。重機や最新の資材を使ってマンションを建てる新築の工事とは事情が違うのです。
修繕項目別に、長く続いていて、実績豊富な中堅どころでHPに『自社施工』を謳い、施工実績とその費用まで記載している専門業社がお勧めです。費用を記載している会社であれば、相手を見て値段を決める会社である可能性を少なくできます。そういう会社をいくつか探して相見積もりを頼んでみるといいでしょう」
設備の更新は「管理組合による直接発注」が安価
大規模修繕の見積もり支援サービス「スマート修繕」社長の豊田賢治郎氏も言う。
「まずはマンションの規模と立地にあった事業者を探すことが重要です。施工会社はそれぞれ、得意な工事規模やエリアがあるからです。例えば小規模マンションの大規模修繕工事を大手施工会社に頼むと、それだけで割高になってしまうケースがあります。また、郊外のマンションにおいてそのエリアを得意としない施工会社に頼むと、遠方を理由としたコストが発生したり、協力会社へのコストも割高になってしまうケースがあります。
そして、見積もりの際は、施工範囲と材料グレード、実数積算部分などの条件の違いをふまえて比較検討する必要があります。そうしないと金額は安いが、施工範囲が狭い、使用材料や保証が劣る施工会社を選定してしまう恐れがあります。
また、エレベーターや機械式駐車場、給排水管、玄関ドアなどの設備更新の工事は、大規模修繕関連の修繕事業者に一括発注するメリットが少なく、専門事業者にそれぞれ『分離発注』したほうがコストパフォーマンスに優れるケースが多いでしょう」
管理組合の不正より修繕事業者の手数料の方が負担大
とはいえ、管理組合の組合員が発注業務や業者選定を担当すると、業務負担だけでなく、不正の懸念もある。
「確かに見積もりを任される組合員が不正を働く可能性がないわけではありませんが、管理会社を通すとビジネスとして高額な手数料を得ようとされてしまいます。できれば、組合主導で有志を募って相見積もりをとった方がいい。大規模修繕なら、戸あたり130万円程度の相場を把握し、上限を決めておけば、極端な不正はできません。負担のある役員には手当を出しているマンションもあります」(住宅ジャーナリスト)
一方で、工事の「相見積もり」に関して、多くの管理組合で勘違いしているのは、管理会社や設計コンサル会社に相見積もり業務を依頼しても問題ないと考えている点だ。実はこの状況では全く競争原理が働かず、値段は下がるどころか高額化してしまう危険性が高い。
というのも、管理会社にとっては、見積もり取得の窓口業務を任せてもらえば、容易に業者間と談合の機会を得られ、中間マージン(キックバック)をごっそりとられ、格安の業者に発注されてしまう。実質的に安価な工事に高い費用を費やす羽目になってしまいかねないのだ。
「だから、面倒でも、業者選定と見積もり取得は管理組合主導でやるべきなのです」(同)
不要不急の工事を見極め、予算に応じた修繕を
これらの大規模修繕工事を円滑に進めるには、管理組合においては、どうしても時間と手間を要し、負担は大きくなる。理事会主導だと、引き継ぎができていなかったり、知識が少ない理事がたまたま輪番で担当になってしまうと、管理会社へのお任せ体質になってしまいかねない。そうなると、彼らに主導権を取られ費用が高額化してしまう恐れも出てくる。
「できれば、修繕委員会などを立ち上げて知見のある有志を募り、ある程度継続的に運営することが望ましい。とはいえ、これらの対応は管理組合によっては、専門知識のある役員がいないなど、独力では手に負えないケースも少なくないでしょう。そのような場合は、マンション管理士やコンサルタントなど、見直し実績が多く、豊富なデータベースを持っている専門家に頼むこともできる。ただ、マンション管理士やコンサルタントなどの専門家も、どんな“立ち位置”なのか見極めることが重要です。
善意の第三者ではなく、実際には管理会社と繋がりがあり、工事の提案や積立金の値上げなど、管理会社が利することの援護射撃をしているだけのケースも考えられます。マンション管理の健全化の本丸とも言える、『管理会社との利益相反関係』の問題に触れようとせず、工事や積立金の値上げばかりの提案に偏っている専門家は、注意した方がいい。
顧問先を最低、10物件以上持ち、管理会社からの仕事の斡旋がなくても営業できており、大規模修繕の減額実績や、日常管理の合理化実績のある専門家を見つけたいところです。もちろん、管理会社からの推薦はNGです」(住宅ジャーナリスト)
大規模修繕で「戸あたり140万円超」の工事費は怪しい
そして、工事をする上では、何より相場の把握が重要だ。
別所マンション管理事務所毅の別所毅謙氏が言う。
「フェアに相見積ができた場合、いわゆる『大規模修繕(外壁の躯体/タイル/塗装の改修工事、屋上などの防水工事、etc.)』の相場は、戸あたり110万~140万円となるケースが多いです。この金額は国交省の調査と異なり、仮設/消費税等を含めた全体での金額です。
ただし、非常にやっかいなのが、戸あたりの相場は、マンションの状況により大きく変わるということです。例えばですが、エリアは関西と関東でも相場はことなります。マンションの形状も複雑で戸あたりの外壁の面積が多ければ、高額化の要因となります。自身マンションの相場を判断することは、一般の方には簡単ではないというのが実情となります」
相場より乖離した金額を提示されれば、事業者の説明を鵜のみにせず、まずは見直しを検討した方がいい。
住宅ジャーナリストがいう。
「くれぐれも、管理会社や設計コンサル会社が説明する“今の相場”情報を鵜呑みにしてはいけません。彼らが説明する“相場”は彼らの利益が上乗せされている可能性を考慮に入れておくべきで、高いほど彼らにとっては都合がいい。
組合独力で、安い見積もりが上がっても、『安いところは危ない』という言葉を鵜呑みにしてはいけません。そもそも問題がないように施工を見届けるのが、設計コンサルの仕事です。万一、工事後に問題が発覚すれば、アフターで対処して貰えばいいのです」
満足度100点の工事を目指してはいけないワケ
いずれにせよ、相場は高い時に参考にすべき指標であって、基本的には競争原理の結果、出てきた工事会社の見積もり価格が全てだ。実際、国交省の資料を見ても、戸あたり80万~90万円程度で済ませている組合も少なからある。
また、管理組合の修繕担当者が、こだわりを持って100点の工事を目指してしまうのも考え物だ。
「90%の住民にとっては、大規模修繕工事についてそこまで関心がなく、おおむね納得できる90点の工事でも文句をいう人はまずいません。しかし、完璧を目指す人は積極的に参画し、声も大きく、一見もっともらしい事をいうために、管理組合全体がそちらの意見に引っ張られてしまう。結果、費用が高額化し、無駄に多数の会社から見積もりを取ろうとし、手間が格段に増えてしまう。結果的に検証もできないわずかな差に対して、全住民の費用負担と、担当者の疲労を増やしてしまうのはプラスになりません。
ある程度の妥協や費用の線引きと、それによる工事の優先順位を前もって決めておくことが望ましいでしょう」(住宅ジャーナリスト)
大規模修繕を「業者へお任せ」にしない
修繕計画の改革は、積立金の安易な値上げではなく、賢明な修繕周期と必要な工事の見極め、発注方法の見直し(管理組合による直接の業者選定と発注)の“道筋”を付けておくことが何よりも重要だ。
住宅ジャーナリストがいう。
「究極的に言うと、各種契約や高額が予想される工事の、業者選定と見積もり取得手続きに管理会社を関与させない。管理組合の会計を健全化する対策は、たったこれだけです。
管理会社の推薦業者は、良い業者ではなく、中間マージンが得られる関係の業者だからで、お抱え業者から中間マージンやキックバックを得るのが、彼らのビジネスの肝だからです。しかし、それでは管理組合にとっては、必要性の低い高額な工事が増えてしまい、積立金食い潰しの原因になってしまう」
マンションの理事会役員は特に肝に銘じておきたいところだ。
マンション管理・修繕「総まとめ」
◆大規模修繕、工事関係
・工事業者の選定と見積もりの取得とその手続きは、面倒でも、管理組合が直接やる→談合リスクを抑えるため、管理会社や設計コンサルタントによる業者選定業務は事務手続き作業を含め、一切関与させない。その結果、彼らの手数料の上乗せ分と不要な工事が減り、積立金会計に余裕が出てくる。日常の工事ならその都度、無理に安価な業者を探す必要はなく、丁寧で信頼できる塗装業者や電気工事業者等を組合独自に数社程度確保しておけばいい。キックバックなど不適切取引が発生しにくい発注方法を心がけておくことが肝心。
・高額すぎる長期修繕計画は要注意→長計は管理会社や設計コンサルタント会社が作成するもので、彼らの利益が上乗せされている。その計画に乗っかるのは危険。修繕積立金が月2万円以上必要な長計は、第三者の意見を聞くなど、見直してみる。
・大規模修繕の修繕周期は18年でOK、途中、9年目以降、3〜4年ごとに建物の傷みをみつつ、補修や塗装など中間時修繕を実施→18年超の修繕周期に加え、必要箇所の随時の補修という方針の物件でも、問題は出ていない。
・高額な共用部の配管(縦管)更新工事は漏水が増えてからでOK→国交省のデータでは築50年超の物件においても、7割が補修しつつ使用を継続できている。共用管の漏水自体が発生頻度が低く、構造上、住戸への漏水も考えにくい。
・大規模修繕工事の相場は戸あたり130万円、修繕積立金は平均値に惑わされず、特段な理由が無ければ、1万円にプラス物価上昇分で問題ない→物価上昇を反映しても一般的なマンションであれば月1万5000円で十分?
・安易な修繕積立金の値上げは、住民負担だけでなく、リセールバリューへの悪影響のWパンチ→大規模修繕の工事周期、工事範囲、工事業者の選定方法の見直しの道筋を付けておくことが先決。それを長期修繕計画に反映して、逆算。適正な修繕積立金を算出する(余剰金が多すぎるのはNG)。
◆日常・管理関係
・管理組合と管理会社は利益相反の関係であることは常に心がけておく
・管理会社から勧められる日常的な工事や設備更新も、高額な費用が予想される場合は要注意。営利的な提案であることにも留意し、本当に必要な工事なのか、あらためて見極める。面倒でも組合自ら見積もりを取得すれば適正価格に近くなる→組合員から1〜2名、発注担当者を募り、任期を設ければ不正リスクを軽減できる。
・むやみに高額な工事をするより、日常の清掃をきちんとしておく。特にエントランスや外周など、目につきやすい共用部の頑固な汚れは、こまめに綺麗にしておくことが住環境の向上に繋がる→家庭用の高圧洗浄機を常備しておき、しつこい汚れに対処する。タイルやコンクリートの「白華現象」は酸性洗剤とブラシで落ちる。塗装面は塗膜を傷つけないため、柔らかいスポンジで。しつこいカビや油汚れも家庭用洗剤で改善できる。
・理事会が管理する意見箱やメールアドレス、グループLINEなどで管理組合内で情報共有する体制を作っておく→管理会社が管理組合内の情報の動線を握っており、管理会社に都合の悪い意見は理事会に届かない場合も考えられる。管理会社社員が参加しない、理事会や住民だけでの話し合いの場を作り、営業トークに左右されない情報交換の場を作る。
・理事役員選定で輪番制を採用しているとイエスマン理事で占められ、管理会社の営業のまま、不要工事の過多に繋がる恐れも→継続性や意欲ある住民の活用の観点から、一部立候補の割合を増やしたり、オンブズマンの出席を認める。
・管理費が割高だと感じれば、管理会社の同業他社に見積もりを出すことで、値下げ交渉が可能。余剰が出れば、積立金へ振替も可能→見積もりを出す段階までなら、無料の管理費削減コンサルも。独立系は工事営業が過剰な傾向あり、財閥系は管理費が割高傾向。
・共用サービスが「売り」のタワマン、大規模マンションであっても、気が付けば、どんどんサービスがカットされ、陳腐化していく。目立つところ、分かりやすい部分の共用サービスを向上させた方が、資産価値上昇に繋がる。実際に使うかどうかではなく、魅力的に感じるかどうかも重要→スケールメリットは活かさないだけで住民の損失。全員納得のサービスは存在せず、20%賛成のサービスを5つ作るようなことを心掛ける。意見集約では、具体的サービスの是非を問うのではなく、資産価値向上を目的とした「共用サービス充実化」の予算計上の是非を先に決める。そしてアンケートを取り、上位グループのサービスを実現していく。
◆全般
・管理会社には注文が多すぎたり、お金を渋りすぎてもいけないが、利益相反の関係にあることを念頭に依存しすぎないようにする。特に工事提案は必要性を含めて、理事会自身が面倒でも主体的に情報を得る必要もある。また、理事会メンバーには、事前に管理会社社員がいない場で根回ししておく方がうまく進む
・「外部管理者方式(旧呼称=第三者管理方式)」は理事会機能、自治権、予算執行権を営利企業である管理会社に丸投げするような制度。解約も手続き上、難しく、提案されてもよほど慎重になるべき。理事会負担は一部立候補制を導入したり、理事長権限を強めて、理事会の開催を減らしたり、手段はある」
今私がコンサルタントを行っているマンションでも、当初の大規模修繕工事の金額は戸当たり120万円(税別)だったのですが、修繕委員と協議の上、修繕範囲を絞った結果、戸当り約100万円(税別)となりました。このマンションは屋上防水のやり替えや、廊下・バルコニーの床シートの張替えは実施していません。フルで工事を行えば戸当たり140万円は超えたと思われます。マンション無料相談会にも大規模修繕工事費用が高いという相談がありますが、不必要な部分まで工事を行って、結果工事費が高くなっているケースも多いです。管理会社の言いなりにならずに、信頼のおけるコンサルタントに業務を依頼するのが、やはり一番だと思います。
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