2022年5月17日のダイアモンドオンラインの表題の記事を紹介します。
「マンションの大規模修繕工事は、小規模マンションでも数千万円単位、大規模マンションになると億単位の発注となるため、そこで“甘い汁”を吸わせてもらおうと悪徳コンサルタント会社や工事会社が群がってくる。いろいろなところで談合・リベートの問題が大きく取り上げられているおかげで、さすがにあからさまな談合・リベートの事案はなりを潜めてきたが、最近、久しぶりに“見事”な談合・リベートを目の当たりにしたので、今回はそのケースを紹介したい。(株式会社シーアイピー代表取締役・一級建築士 須藤桂一)
新しい大規模修繕委員長の就任から事件は始まった
そのマンションは、築15年になろうとしている200戸ほどの大規模マンションで、理事会とは別に大規模修繕委員会が組織されている。理事会の理事は任期2年で、半数改選の輪番制だが、大規模修繕委員会の委員はほぼ固定のメンバーで、そこに理事会で大規模修繕工事担当になった理事が参加して運営していく、というやり方を取っていた(※)。
1回目の大規模修繕工事に向けて、具体的に検討する時期になったある日、区分所有者のA氏が大規模修繕委員会への参加を申し出てきた。A氏はどことなくインテリジェンスを感じさせる人物で、鮮やかな弁舌に加えて人当たりも良く、委員会にすんなりと溶け込んでいった。そして、以前住んでいたマンションで大規模修繕委員長の経験があるということで委員たちの信頼を勝ち取り、大規模修繕委員長に就任しキーマンとなった。
委員会でA氏は積極的に発言し、以前のマンションでの大規模修繕工事の経験を例に挙げながら、計画の立て方や工事の進め方について、さまざまな意見やアイデアを披露した。大規模修繕工事の経験がない修繕委員たちは、A氏の積極性と知識の豊富さに感心しながら、会合を重ねていった。
ある日の委員会で、A氏から「工事をうまく進めるためには、良い設計コンサルタント会社を選ぶ必要がある」という話が出た。すっかりA氏に信頼を寄せていた委員たちからは特に異論が出ることもなく、設計コンサルタント会社を公募で選ぶというところまで話は進んだ。
するとA氏は、「大規模修繕工事の経験が乏しい会社や質の悪い会社が入れないように、公募の条件は厳しい内容にするべきだ」と言って、会社の資本金や売上高、大規模修繕工事のコンサルタント業務の実績件数、在籍する一級建築士の条件など、次々に厳しい条件を並べていく。
あまりにもハードルの高い条件ばかりのため、公募に応じてくれる会社がいなくなるのではないかと委員たちからは不安の声も持ち上がったが、A氏は厳しい条件を付けるべきだとまったく譲らない。そして、A氏からこれまでの穏やかで知的な様子は消え去り、どう喝するような強い調子で委員一人一人を説き伏せようとする始末だ。
結局、その日の委員会では公募条件の設定には至らず、会合は終了した。次の委員会でも、A氏は厳しい公募条件を押し通そうとし、話は一向に進まない。そして、A氏の言動には次第に焦りのようなものも感じられてきた。そんなA氏を不審に思い始めた委員たちは、A氏に気づかれぬようにこっそりと話し合った上で、私のところへ相談を持ちかけてきたのである。
(※)事例の特定を避けるため、事実関係については一部改変している。
居住実態なしで連絡先も不明!?大規模修繕委員長を取り巻く謎
まずは状況を確認しようということで、現地におもむいて関係者にヒアリングをしてみると、A氏の立場が明らかになった。実は、A氏はマンションの区分所有者ではあるものの、現在は別の場所に住んでおり、大規模修繕委員会の会合が開催されるたびに、わざわざ電車でやってくるという不思議な行動を取っていたのだ。
たいていのマンションの管理規約では、理事会の理事は「居住する区分所有者でなければ就任できない」という資格要件を設けている。しかし、大規模修繕委員会などの専門委員会の委員に「居住する区分所有者に限る」という規定はないため、区分所有者であれば、現在そこに居住していなくても専門委員会に参加できるという解釈をするのが一般的だ。A氏も、マンションには住んでいないが、区分所有者という身分ではあるので、大規模修繕委員会に参加することは特に問題はない、という状況にあった。
だが、さらに調査を進めてみると、いろいろと不可解な点が見えてきた。大規模修繕委員会は理事会と連携して大規模修繕工事の計画や実施に当たることになるわけだが、委員会から理事会へ答申をする書類や設計コンサルタント会社の募集の書類、管理会社への指示書など、さまざまなやり取りで発生する書類の全てにおいて、大規模修繕委員長であるA氏の氏名がどこにも明記されていないのだ。しかも氏名だけでなく、電話番号やメールアドレスなどの記載もない。つまり、マンションの部屋番号以外、A氏の連絡先はわからない状態だったのである。
ならば、委員会の日程が変更になったり、急ぎで会合の予定が組まれたりした場合に、どのようにしてA氏に連絡を取っているのか。調査を進めると、修繕委員の一人であるB氏が窓口となり、A氏とのコミュニケーションはB氏経由で行われていることも判明した。
実は、このB氏というのがまたクセ者だった。B氏はこれまで、理事会や大規模修繕委員会に事あるごとに対立する、いわゆる“問題児”だったのだが、なぜか今回の大規模修繕工事が動きだしたところで修繕委員に立候補し、委員に就任したのだ。昔からB氏のことを知っていた委員の中には、B氏のそんな行動を奇妙に思った人もいたという。
想定していた業者が外され 工事費は相場の倍額に?
私と有志の修繕委員たちがそのような調査を進めている一方で、大規模修繕委員会の会合も回を重ね、設計コンサルタント会社と工事会社の業者選定が着々と進んでいた。委員会においては、A氏もB氏も中立を主張していたが、言葉巧みに立ち回り、私の会社も含め、談合やリベートを許さないという姿勢を見せている設計コンサルタント会社は、なぜかかなり早い段階で選定の候補から除外されていた。
そのあまりの手際の良さに、委員たちはきつねにつままれたような気分でいたが、我に返って異議を唱えたときには、既に設計コンサルタント会社の候補が3社に絞られる段階まで進んでしまっていたのである。
そこで、候補となった3社の設計コンサルタント会社に、最近請け負った大規模修繕工事の戸当たり単価について聞いてみると、「戸当たりで150万~180万円」という回答が返ってきた。
周囲のマンションにおける大規模修繕工事の実施状況や、国土交通省が公表しているマンション大規模修繕工事に関する実態調査を見ても、大規模修繕工事の戸当たり工事金額における中心価格帯は75万~100万円だ(※共通仮設費、現場管理費、一般管理費、消費税相当額などの直接工事費は含まない)。3社が出してきた「150万~180万円」という戸当たり単価はほぼ倍で、異常ともいえる金額である。そのことを説明すると、委員たちは大変な驚きと動揺を見せた。
明らかに高い工事費が提案されようとしているにもかかわらず、A氏とB氏は淡々と設計コンサルタント会社の選定を進めていく。そんな彼らの態度に、当然ながら他の委員たちは不満と不安を募らせていった。私のほうでも、特に大規模修繕委員長であるA氏の行動に不信感を覚えたため、「念のため、A氏が所有している部屋の登記簿謄本を取ってみましょう」と提案してみることにした。
不動産の登記簿謄本は、その土地・建物の履歴書のようなもので、過去の持ち主から現在の所有者の情報、権利関係などが記載されている。不動産登記法により誰でも閲覧することができると定められており、法務局で交付請求できる。ちなみに、最近ではオンラインでの請求もでき、交付手数料は窓口で申請するよりも安くなるようだ。
登記簿謄本が暴いた委員長の正体と談合・リベートの驚くべき「からくり」
修繕委員たちがさっそく登記簿謄本を取り寄せたところ、驚きの事実が判明した。その部屋は某有名工事会社の子会社が、約1年前に購入した物件だった。つまり、本当の区分所有者は子会社=法人で、A氏はその子会社から派遣されてきた、いわば“雇われ区分所有者”だったのである。
前述のように、通常の管理規約では、理事会の理事になれるのは「居住する区分所有者のみ」で、中には「区分所有者の配偶者で現に居住している者」などのように範囲を広げている場合もあるが、いずれにしても個人であることを想定している。
もちろん法人がマンションの一室を購入し、区分所有者になることは珍しくないため、法人でも理事になることはできる。それを想定して、管理規約には「当該法人の職務命令として受けた者」などという規定を設けている場合も多い。
このように、理事の資格要件については管理規約に規定があるものの、大規模修繕委員会のような専門委員会の委員についてまで、資格要件の規定を設けているマンションはごく少数といえる。そのため、今回の“雇われ区分所有者”A氏のケースの場合、管理規約上では何も規定がないことから、規約違反などに問うことはできないのだ。
そうはいっても、現実問題として、A氏は毎年数十億円規模で大規模修繕工事を受注している工事会社の子会社が送り込んできた人物である。彼の正体を知らないまま業者選定を進めていたら、工事会社はもちろん、設計コンサルタント会社や下請け業者も談合・リベート仲間で固め、ばか高い工事費やコンサル料をむしり取られていたことだろう。
ちなみに、B氏はといえば、このマンションの新築当時から住んでいる人物で、もともと理事会や大規模修繕委員会に不満を持っており、前述のように、総会などにおいても常に反理事会、反修繕委員会の立場を取っていた。おそらくB氏は、談合・リベートのための工作や根回しに長けたA氏の目に留まり、その計画に取り込まれていったのだろう。
当然のことながら、こうした事実が明らかになったことで、理事会と大規模修繕委員会では大騒ぎになった。ほどなくA氏は大規模修繕委員長を解任、B氏ともども大規模修繕委員会から追い出され、設計コンサルタント会社の選定も初めからやり直しとなった。結果として、大切な修繕積立金を談合・リベートの毒牙から守ることはできたが、大規模修繕工事のプロジェクト自体は大きく手戻りすることになってしまったのである。
巧妙化し、見えにくくなった談合・リベートの罠
こうした談合・リベートの例は、私も昭和の時代や平成の前半までは何度か見かけたが、だんだんと目立たなくなってきていた。ところが今回、久しぶりに明確な談合・リベート事案を目の当たりにし、令和になっても、いまだにこうした時代遅れの考え方で大規模修繕工事を受注している設計コンサルタント会社や工事会社が存在することに驚いた。
職業柄、私はマンション管理組合だけでなく、たくさんの工事業者や関連会社とも付き合いがあるため、談合・リベートに関する実情もかなりタイムリーに把握しているつもりである。そんな中で強く感じるのは、談合・リベートの手法が確実に巧妙化しているということだ。
例えば今回の事案のように、有名工事会社が直接受注するのではなく、一見無関係を装った仲間内の設計コンサルタント会社が受注して裏で結託する、いわゆる「裏JV(ジョイントベンチャー)」を組む。そして、工事に関わるさまざまな会社がマージンを取り、最終的には親玉の有名工事会社にもリベートが渡るように仕組まれるのだ。昔のように明確には談合・リベート事案とわからないケースが増えてきているのである。
素人である管理組合の理事や専門委員会の委員には、そんな巧妙な手口を見破ることは至難の業だが、少なくとも工事費やコンサル料の安さだけで大規模修繕工事のパートナーを決めることはやめるべきである。」
過去にはリフォーム会社がマンションの1室を購入し、その部屋をリフォームしてモデルルームとして活用し、同様のリフォーム工事をマンションの住人から受注し、最後にはリフォームした住戸を売るというスキームで事業を行っている会社の話を聞いたことがあります。しかし、今回の記事のような、大規模修繕工事を受注するために、マンションを購入し、組合員として受注活動を行うという話は初めて聞きました。200戸のマンションということなので、通常2億の工事費が、戸当たり180万で受注できれば3億6千万。通常よりも1億6000万円も高値で受注できるのであれば、中古マンションを購入してでも十分に採算が取れることになります。私がこの間聞いたマンションでも、住民の知り合いということでコンサルタントや施工業者が決定し、聞いたこともないような業者が施行しているマンションもあります。みんながやりたがらない修繕委員に立候補してくる住人については、特に気をつける必要があるのかもしれません。
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