2023年3月12日のダイヤモンドオンラインの表題の記事を紹介します。
「高度経済成長期に、建材として多くの建物で使用されたアスベスト(石綿)。肺がんや中皮腫など、健康被害の原因になることは知られているが、その影響は建設業や製造業の従事者、あるいはその関係者に限られたことだと思っている人も多いのではないだろうか。しかし、一般的なマンションに暮らす住民にとっても、アスベスト問題は無関係なことではない。(株式会社シーアイピー代表取締役・一級建築士 須藤桂一)
「万能」な素材だったアスベストが引き起こした健康被害
アスベストとは、天然に産出する繊維状ケイ酸塩鉱物で、「石綿(いしわた、せきめん)」とも呼ばれている。非常に細い繊維の集合体で、木綿や羊毛のように糸や布に折ることができる。熱や摩擦、あるいは酸やアルカリなどの薬品にも強く、電気を通しにくいといった性質を持つため、幅広い分野で使用された。その用途は3000種にも及ぶといわれる。
特に、耐熱性や防音性、保湿性に優れている上、安価で加工しやすいことから、断熱材、防音材、保温材、吹き付け材、スレート材などのような建材として多用されてきた。
日本で使用されるアスベストは大半が輸入によるもので、日本は世界でも有数のアスベスト消費国といえる。高度経済成長期には、ビルの断熱・保熱などを目的にアスベストが大量に消費され、1970年から90年にかけて、年間30万トンという膨大な量のアスベストが輸入されていた。このうちの8割以上が建材に使用されたという。
ところが、この「万能」な素材であるアスベストが健康被害を引き起こす原因となることが判明した。アスベストの繊維は髪の毛の5000分の1程度と極めて細く、飛散すると空中を漂い、呼吸によって人体に取り込まれる。丈夫で変化しにくい性質のため、肺の組織内に長期間滞留し、15~40年の潜伏期間を経て、肺がんや中皮腫といった病気を引き起こすおそれがあるのだ。
アスベストによる健康被害は、アスベストを扱ってから長い年月を経て現れてくるものだ。アスベストが「静かな時限爆弾」と言われるゆえんである。たとえば、中皮腫は平均30~50年という長い潜伏期間の後に発症することが報告されている。現時点で根本治療は難しく、発症後5年以内に死亡するケースが多いという恐ろしい病気だ。
私は新卒で入社した会社のサラリーマン時代に、現場監督として多くの工事現場に足を運んでいた。屋根裏に断熱材を敷設する現場では、アスベスト繊維がキラキラと飛び散る密閉空間で、マスクもせずに断熱材を天井裏に貼り付けていた経験が少なからずあり、それからの年数を考えても、いつ発症してもおかしくない時期に来ている。アスベスト問題は、私自身にとっても他人事ではないのだ。
2022年4月から義務化されたアスベストの事前調査マンションの大規模修繕工事も対象に
アスベストによる健康被害を重く見た日本政府は、健康被害者救済のための法制定や補償制度の整備など、さまざまなアスベスト対策に取り組んできた。アスベストの取り扱いについては、その使用を段階的に禁止し、2006年9月には、改正労働安全衛生法の施行によって、石綿、および石綿をその重量の0.1%を超えて含有するすべての物の製造、輸入、譲渡、提供、新たな使用を禁止した。そして、12年には禁止が猶予されていた製品も含め、全面的に使用禁止となっている。
この規制により、今後新たにアスベストが使用されることはなくなったが、気をつけなければならないのは、それ以前はアスベストを含んだ建材が使われていたという点である。つまり、06年8月31日以前に着工した建物には、アスベスト含有建材が使用されている可能性があるということだ。
ただ、断熱材や防音材にアスベストが含まれていても、製品の状態でアスベストが飛散することはない。現時点でアスベスト含有建材を使用した建物に住んでいるとしても、建材によって健康被害を起こすことはないので、その点を不安視する必要はないだろう。
問題は、建物の解体や改造、補修といった工事の際に、建材に含まれているアスベストが周囲に飛散してしまう危険があることだ。
こうした危険性を考慮して、20年に大気汚染防止法と石綿障害予防規則等が改正され、アスベスト対策の規制がより強化されている。その一環として、22年4月1日からは、建築物等の解体・改修工事を行う施工業者は、一定規模以上の解体、改造、補修工事について、アスベスト含有建材の有無にかかわらず、事前調査の結果を報告することが義務付けられた。
事前調査結果の報告対象となる工事は、以下のように定められている。
・建築物の解体工事:解体作業対象の床面積の合計80平方メートル以上 ・建築物の改修工事:請負代金の合計額100万円以上(税込) ・工作物の解体・改修工事:請負代金の合計額100万円以上(税込)
この報告対象には個人宅のリフォームや解体工事なども含まれており、マンションの大規模修繕工事はほぼ確実にこの対象となる。
06年9月以降に工事着手したマンションの場合、すでにアスベストの使用が禁止されているため、工事の着工日や使用建材の製造日を文書などで確認することで、事前調査とすることができる。しかし、それ以前に建てられたマンションはアスベストの事前調査が必須となる。06年までに建設された分譲マンションは全国に約485万戸あり、相当な数のマンションが該当することになるわけだ。
アスベスト含有建材が使われている? 2006年以前のマンションは要注意
少し専門的な話になるが、アスベストは「発じん性」に応じて、その危険度を表すレベルが定められている。発じん性とは粉じんの発生率、あるいは飛散率を指し、1~3の3段階に分類される。アスベストが使用されている建物の解体や封じ込め、囲い込みなどの作業を行う際には、このレベルに合わせて作業する必要がある。
発じん性が「著しく高い」として、最も危険とされるレベル1は「石綿含有吹き付け材」だ。これは鉄骨造などにおいて、耐火を目的として柱やはりに吹き付けるロックウールなどが該当する。
次に発じん性が「高い」とされるレベル2は、「石綿含有保温材、耐火被覆材、断熱材」が該当する。これは保温材や断熱材として、配管などに巻き付けてあるものが一般的だ。
発じん性が「比較的低い」とされるのがレベル3で、「その他の石綿含有建材(成形板等)」が該当する。たとえば成形板などのボード類や塗装材など、硬く成形されたりしてアスベストが飛散する危険性の低い建材はこのレベルに分類される。
レベル1は、養生や散水・薬剤散布、作業員の防じんマスクや防護服の着用など、厳重なばく露防止対策が必要とされ、レベル2もレベル1に準じて、高いばく露防止策が求められる。レベル3はレベル1・2ほどの危険性はないものの、専用の防じんマスクや粉じん対策の防護服の着用などの対策は必要となる。
マンションによって工法や使用建材はさまざまだが、大規模修繕工事において多く見受けられるのが、天井や壁などの塗装材にアスベストが含有されているケースだ。具体的には天井のリシン吹き付け材、外壁や手すりの内側に施工されている吹き付けタイルという素材の塗装材はレベル3に分類されるが、たとえばひび割れ部分をグラインダーなどでカットしてシーリング材で充填するような作業の場合、グラインダーで該当部分をカットした際に粉じんが生じて、塗装材に含まれたアスベストが飛散する可能性がある。
一般的な大規模修繕工事の内容を考えると、塗装部として壁の吹き付けタイルや天井のリシン、各種配管の保温材、内装工事を伴う場合にはボード類やバルコニーの隔て板、さらに変電室やエレベーター機械室といった各種機械室の壁、室内天井裏や各種機械室に施工されている断熱材、防音材など、さまざまな部分にレベル3に該当する建材が使われている可能性は否定できない。
そして、レベルが低いとはいえ、もし建材にアスベストが検出されれば、工事の実施時にはレベルに応じた対策が必要となってくるのだ。
大規模修繕工事に加わる新たな工程アスベストの事前調査とは?
アスベストの事前調査は、基本的には以下のような流れとなる。
書面調査 ↓ 現地での目視調査 ↓ 試料採取 ↓ 分析調査 ↓ 調査報告書の作成
マンションの大規模修繕工事においては、工事請負会社(施工業者)がこの事前調査も行うことになる。前述のように、22年4月から施工業者が事前調査の結果報告を義務付けられているからだ。
事前調査を行う際には、大規模修繕工事の工事項目や工事範囲を判断し、調査分析用の試料を採取して、調査機関に持ち込み、アスベストが検出されるか分析してもらうのだが、ここでポイントとなるのが、工事請負会社が決まらなければ、調査箇所や採取する試料の個数などが確定できず、事前調査費用も算出できないという点だ。
また、これまでの大規模修繕工事では、工事請負会社と工事請負契約を締結してから1~2カ月で着工できていたものが、事前調査の実施によって、着工までの準備期間が長くなるという影響も出てくる。
管理組合が独自に試料を採取し、分析調査を行うことも可能だが、専門性が高いことでもあり、現実的ではないといえる(23年10月1日以降は、有資格者によるアスベスト調査が必須となる)。
仮に、調査によってアスベストが検出された場合、該当箇所の作業に際しては、専用の防じんマスクや防護服の着用、飛散防止対策がなされた専用の工具の使用を徹底し、飛散防止の養生を施して、場合によっては養生内の空気圧を調整しながら工事を行う。また、専用のゴミ袋やコンテナを使用し、指定された処分場に持ち込むなど、残材処分にも気を配る必要がある。
工事請負会社の言い値を見抜く適正な工事を行うために必要なこととは?
このように、アスベストが検出されると、通常の工事よりもコストアップになるため、工事発注に際しては、これまで以上に予備費などを見込む必要が出てくる。気をつけたいのがこの工事費のコストアップである。基本的に工事請負会社とは随意契約となるので、競争原理が働かず、工事請負会社の言い値で工事費が決まってしまうケースがあるのだ。
以前私が相談を受けた、戸数が150戸のマンションの例では、事前調査の結果、壁から1箇所だけアスベストが検出され、工事請負会社から対策費用として1200万円の提示があったという。それが法外な金額であることは言うまでもない。
そこに設計監理者としてコンサルタントなどが入ると、事前に分析調査を依頼することで、万が一、アスベストが検出された場合の対策費用を見積もることができる。工事請負会社の選定時には、その費用も含む見積もりの提示を求めることになるため、見積もりに参加する工事請負会社間で競争原理が働くことになる。大規模修繕工事というマンションの“一大イベント”を無事に乗り切るために、管理組合はますますコンサルタントや専門家を上手に活用することが求められるだろう。
ただし、大規模修繕工事による健康被害については、居住者への影響は極めて少ないので、あまり過敏に反応していただきたくないというのが本音だ。アスベストに対する対策は、最もリスクのある現場作業員の安全確保が最大の目的なのである。
安全でローコストな大規模修繕工事を実施するために、管理組合としては、管理会社はもとより、一定の役員に任せきりでいてはいけないということは、この連載で何度も指摘してきた。今回のアスベスト対策の強化によって、区分所有者である組合員一人ひとりが、マンションの維持管理を自分自身の問題として、勉強や情報収集を怠らず、高い意識で取り組む必要が一段と高まったように思う。
余談だが、一番悔やまれるのは、アスベストによる健康被害について、先進国を中心に世界的に叫ばれていた1980~90年代に、我が国の対応が遅れたことだ。イギリスやドイツを例に見ると、日本と同様に、両国ともアスベストの多くを輸入に頼ってきた。そのピークは60~70年代で、中皮腫による死亡者が増加すると、80年代には早くも規制をかけ始めていた。90年には、日本のアスベスト輸入量約30万トンに対して、両国はともに1万トン以下にまで輸入量を減らしていたのだ。(※)
ちょうどその頃、日本はバブル崩壊で経済が低迷していたこともあり、安価で性能の高いアスベストを禁止できなかった行政の判断のミスが、今になって国民を苦しめることになってしまった。当時は今ほど情報化社会でもなく、我が国の行政もさまざまな問題に翻弄されていた時代だったとはいえ、その点が非常に残念でならない。」
大規模修繕工事で問題になるのは、天井の塗装や壁の塗装、下地の調整材等にアスベストが含有されているケースです。記事にもある通り、入居者があまり神経質になる必要はないと思います。一般の大規模修繕工事であれば、足場の壁つなぎ工事等で、コンクリートに穴を開ける時は、集塵機能付きのドリルを使うことや、ひび割れ補修にUカット工法は避けて、ボンドOGS工法等の注入工法を使うことで、ある程度の対策は可能になります。
築年数の古いマンションで、塗装下地を剥離する必要がある場合であれば、剥離材を使用して剥離し、サンダー等は使用しないことが重要です。
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