2023年7月20日の朝日新聞デジタルの表題の記事を紹介します。
「子どもが住宅のベランダや窓から転落する痛ましい事故が繰り返されている。夏を中心に多く発生し注意が呼びかけられるものの、毎年のように事故は起き、国が先月、実態調査に乗り出した。どうすれば防げるのか。子どもの命を守れる社会とは。
「一瞬の油断が…」窓から転落、4歳児を亡くした親 自らを責め続け
中部地方に住む女性(54)は、2012年6月、自宅での転落事故で次男の光(ひかり)さん(当時4)を亡くした。「子どもを死なせてしまった親として生きることは本当につらい。一瞬の油断が取り返しのつかないことになってしまった」と語る。
ウルトラマンが大好きだった光さんは当時、保育園の年中児。周りの子に比べて体格がよく、やんちゃ盛りだった。4人家族にとって「扇の要のような」存在だった。
女性によると、事故は夕食後、自宅2階の寝室で家族でくつろいでいた時に起きた。寝室には、床から70センチ、奥行き30センチほどの出窓がついていた。光さんは出窓部分によじ登り、そこから布団に飛び降りる遊びに夢中になっていた。
女性がふと目を離し、夫からも死角になった隙に、光さんは窓を開けて身を乗り出し、コンクリート地面に転落した。すぐに病院に運ばれたが、12日後に亡くなった。
「危機意識が足りなかった。まさか窓を開けるとは、落ちるとは思っていなかった」。出窓は二重サッシになっていたが、暑くなり始めた時期で、1枚しか閉まっていなかったという。
事故後、女性は周囲との付き合いを絶った。親族には「子どもをこんな目に遭わせるなんて」と非難され、近所の視線もつらかった。うつ病と診断された。不慮の事故で子どもを亡くした親のグリーフケアをする団体の催しを訪ねたが、状況は人それぞれで、苦しみを理解し合えるようには思えなかった。
事故から11年、今も自分を責める日々は変わらない。よその家の窓やベランダに目をやるのが習慣になった。「あの家大丈夫かな」「あの家は対策している。何かあったんだろうか」と考えてしまう。
子どもが亡くなる転落事故は繰り返されている。事故のニュースを見るたび、「自分が不注意だったのは間違いない。でも、なぜこんなにも何も変わらないのだろう」と思う。もっと対策がされた家の設計だったら、転落の危険があると注意喚起がされていたら、補助錠などの存在がもっと知られていたら、という思いが拭えない。
今年、光さんの命日が近づいたある日、事故前日に2人で訪れた公園を通りかかった。「光に呼ばれた気がした」。当時着ていた洋服は今も泥がついたまま洗えずにいる。
「子どもの事故は親の責任」はびこる意識 小児科医が投げかける問い
自宅の窓やベランダから子どもが転落し、死亡する痛ましい事故が繰り返し起きています。とくに発生が多いのが7~8月です。子どもの命を守るために、私たちに必要な視点とは。長年にわたり、子どもの事故予防に取り組んできたNPO法人「Safe Kids Japan」の理事長で小児科医の山中龍宏さんに聞きました。
――行政や民間による注意喚起があっても、子どもの転落事故は繰り返されています。
子どもの事故は親の責任だという意識がはびこっていますが、家庭での対策や見守りに頼るのは限界があります。社会全体で、子どもの命を守るシステムを整えないと事故は防げません。
――どのような姿勢が必要でしょうか。
世界保健機関(WHO)の報告書では、傷害予防のアプローチとして「三つのE」の重要性を指摘しています。Engineering(製品・環境)、Enforcement(法律・規格)、Education(教育)です。
これを転落事故にあてはめて考えてみると、最初の「E」は、センサーを解除しないと開けられない仕様の窓やベランダ、窓の開口制限、また現状ある最も身近な方法として補助錠があります。
そして二つ目の「E」は、小さな子どものいる家でこうした設備を、国がガイドラインなどで義務づけることです。啓発や教育は補助的な手段です。
――社会的な取り組みは海外では進んでいるのでしょうか。
海外では転落事故を減らすための社会的な取り組みが進められた例もあります。米ニューヨークでは、1970年代に「Children can’t fly」と呼ばれるプログラムが行われました。
リスクの高い家庭に窓ガードを無償提供し、転落事故の発生を大幅に減らすことにつながりました。その後、10歳以下の子どもが住む集合住宅には窓ガードを設置することを住宅所有者に義務付けました。
このように、対策を個人への啓発から仕組みの改善へと転換していかないと、事故は減らせません。
――ソフトの面でできることはありますか。
現状では重大事故が起きた時の状況が明らかにされず、その後の予防に役立てることができていません。警察や行政が連携し、データをもとに対策を考える仕組みをつくる必要があります。
「事故が起きた、警察が詳しい状況を調べている」。ニュースで報じられるのはここまでです。でもそれだけでは、何も変えることはできないのです。
転落、溺死、車内熱中症…夏に増える子どもの事故 国も防止に本腰
夏休みが順次始まるなか、国は子どもの事故防止を呼びかけている。夏は窓やベランダからの転落、溺死(できし)、車内熱中症などのリスクが高まる。子どもの転落による死亡事故が相次いでいるとして、国は実態調査に乗り出すなど、対策に本腰を入れ始めた。
政府は、17~23日を「こどもの事故防止週間」と定める。こども家庭庁や消費者庁など関係府省庁で連絡会議をつくり、子どもの車内置き去りによる事故をテーマに掲げ、SNSで注意喚起するなど取り組みを強化している。
厚生労働省の人口動態調査によると、溺死や交通事故、転落といった「不慮の事故」は0~14歳の死因の上位を占める。不慮の事故による死者数は長期的には減少傾向にあるものの、死因の上位にある傾向は変わらない。2021年に不慮の事故で亡くなったのは208人で、死因の内訳は、窒息80人、交通事故50人、溺死・溺水47人、転落・転倒15人。
転落事故は窓を開ける機会が多い初夏から夏にかけて多く発生している。消費者庁によると、16~20年の5年間で、9歳以下の子どもが建物から転落して亡くなる事故は計21件。このうち、5~6月と7~8月が各7件で、最も多かった。年齢別では3歳と4歳が最も多く、各5件だった。転落した場所はベランダ8件、窓4件だった。
消費者庁の消費者安全調査委員会は6月末、子どもの転落事故が相次いでいることから、事故の実態や防止策について調査を始めた。補助錠やネットといった転落防止グッズについて機能や有効性を調べるという。
河川の水難事故、車内熱中症も
水の事故にも注意が必要だ。警察庁によると、昨年起きた水難事故による死者・行方不明者のうち、中学生以下は26人。18~22年の傾向を見ると、年齢層では小学生、発生場所では河川が最も多い。
暑さが厳しいこの時期、車内熱中症のリスクも高い。日本自動車連盟(JAF)によると、「キー閉じこみ」で出動したうち、車内に子どもが取り残されていたケースは、20年8月の1カ月間だけで全国で75件あった。気温35度の屋外に駐車した車では、車内の暑さ指数はエンジン停止後わずか15分で人体に危険なレベルに達する。
気象庁の3カ月予報によると、8月の気温は東日本~沖縄・奄美で平年より高い予想で、まだまだ暑さは続きそうだ。子どもは体温調整のはたらきが未熟で、体に熱がこもり体温が上昇しやすい傾向にあるとして、国は子どもの車内置き去りを防ぐため、車を降りる際には、必ず後部座席を振り返る習慣をつけることなどを呼びかけている。
ベランダや窓からの転落事故を防ぐため、消費者庁は子どもの手の届かない位置に補助錠を付ける▽足場になるようなものを置かない▽窓や網戸、ベランダの手すりなどに劣化がないか定期的に点検する、といった対策を呼びかけている。
一方、専門家からは、個人への呼びかけだけではなく、社会として対策をとっていく必要性が指摘されている。
国土交通省は昨年、共同住宅で子どもの事故防止や防犯対策を進めるため、賃貸住宅のオーナーや分譲マンションに住む子育て世帯らを対象に、改修費などを補助する事業を始めた。条件を満たせば、転落防止の手すりの設置などに、1戸100万円を上限に費用の約3割(改修の場合)を補助する。
東京都も今年度から、分譲マンションや賃貸マンションに住む子育て世帯を対象に、同様の狙いで補助事業を実施。今年3月にマンションから2歳の双子男児が転落死したとみられる事案があった名古屋市は、今年度中に子育て世帯を対象に補助錠を無償配布することを検討している。
子どもが転落するのは一瞬だ。体の大きさに対して頭が大きい幼い子どもは頭から落下しやすく、重大な事故につながりやすい。そばにいる大人が危険を察知しても、助けるのは難しい。国立成育医療研究センターの植松悟子医師(小児救急医療)は「大人が見守っていても防ぐことは難しい。事故が起きないようにするための対策を考えていくことが大切だ」と話す。
子どもの死亡、経緯・要因解析に期待
不慮の事故をはじめとした子どもの死を防ぐための取り組みとして期待されるのが「チャイルド・デス・レビュー(予防のための子どもの死亡検証、CDR)」だ。
国内では2020年度にモデル事業が始まり4年目を迎える。全国展開には至らないまま、今春に厚生労働省からこども家庭庁に引き継がれた。
CDRは1970年代に米国で始まり諸外国に広まっている。子どもの死亡について、病歴や家族背景、死亡の経緯などの情報を分析し、死の要因を検証して再発防止策を探る。医療機関や警察、消防などの関係機関が横断的に行う。
日本では2018年に成立した「成育基本法」で、国と自治体がCDR制度を構築することを明確化。19年成立の「死因究明等推進基本法」の付則でも、子どもが死亡した場合の死因究明などについての制度を検討するとしている。昨年度はモデル事業が8道府県で行われ、今年度も募集しているという。
子どもの死亡は行政の縦割りで検証されてきたが、CDRでは連携することで原因究明や再発防止につながると期待される。
滋賀県でモデル事業を率いてきた滋賀医科大の一杉正仁教授(社会医学)は「縦割りの調査では得られる情報に限界があり、推測の範囲でしか検証できない。本気で子どもの死を減らしていくにはCDRのしくみを活用するしかなく、先進国としてきちんと進めるべきだ」と指摘する。
国立成育医療研究センターの植松医師は、全国の医療機関に協力を依頼し、死亡事故だけでなく重傷など入院症例のデータを集めようとしている。「死亡に至らない事故は数多く起きている。データを集め、解析したい」と話している。」
子供のマンションからの落下事故はいつまでたってもなくなりません。建築基準法を改正して、「外部にバルコニーのない外壁面に設置する窓には、15cm以上開く窓を付けない」「アームストッパーの付いた開き戸しか付けない」等のハード面を整備して、物理的に落ちないような工夫をするしか対策がないように思います。また、マンションデベロッパー各社は、これらの対策を設計指針として定めて欲しいと思います。
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