2020年10月14日の東洋経済オンラインに掲載された、住宅ジャーナリスト山本久美子さんの表題の記事を紹介します。
「with コロナでは、親の在宅勤務の普及と同時に、子どもの在宅学習も増えた。いつもは職場や学校・塾にいる家族が、夜だけでなく1日中同じ家にいるという機会もあっただろう。そうした環境下で、どういった住まいが互いに快適に過ごせるか、ひいては、住まいの中で「親と子の距離感」をどう取るかという点が、課題になってくる。この点について、ハウスメーカーのミサワホームでは面白い研究をしている。
子どもの4つの成長ステージ
ミサワホーム総合研究所では、住まいにおける子どもの学ぶ環境づくりを課題に挙げ、「住宅内の学ぶ場所の設計指針」を作った。それが、2011年に発表した「ホームコモンズ設計」だ。東京大学とEduce Technologiesに協力を仰ぎ、ピアジェなどの発達心理学の成長段階を参考にして、4つの成長ステージをまとめた。
第1ステージ(0~1歳の乳児期)は、「経験から五感を育む時期」なので、安全に見守られる環境が必要だ。乳児期には、リビングの一角に遊び場を設けるのがよいという。
第2ステージ(2~6歳の幼児期)は、「体験から想像力と語る力を伸ばす時期」なので、親との対話を重ねることが大切だ。
ミサワホームでは、調理の加工過程を見せることなどが、さまざまな想像力を育むことから、キッチンの手元が見える場所に‟子どもの居場所”を設けて、対話の機会を創出するプランを提案している。
第3ステージ(7~12歳の児童期)は、「興味から意欲を引き出す時期」。子どもはさまざまなことができるようになるので、できたことを認めてあげて承認欲求を満たすことが重要になる。それには、親から子どもの姿が見える場所に、子どものデスク環境を用意するのがよいという。
第4ステージ(13~21歳)は、「対話から思考をつける時期」。この時期以降は家族の生活時間がすれ違うようになるので、家族で共有できるライブラリーがあると、各自の様子を感じ取ることができる。
さて、子育て世帯に対応した間取りを提案するハウスメーカーは多いが、心理学の理論に基づいて、親と子の距離感のプランを提案している事例は珍しい。なかでも、筆者がとくに興味を持ったのは、第4ステージの共用ライブラリー「ホームコモンズ」の空間だ。
コロナ禍でテレワークが普及し、自宅で仕事をする経験をした親たちは、仕事をするのに適した場所がないという不満を募らせた。自分の個室がないので、子ども部屋を借りたり、リビングの一角をワークスペースにしたりと、さまざまな工夫をした。中には、浴室や自家用車の中でオンライン会議に参加したという人もいたと聞く。
「ホームコモンズ」のような部屋があれば、専用の席があるため、堂々と出入りができるし、仕事や勉強のための部屋とわかっているため、仕事を妨げられることもない。さらに机まわりを見るだけで、今何に取り組んでいるのか、どんなことに関心があるのかが互いにわかるので、会話の機会を得ることもできる。ミサワホームでは2012年に商品化しているが、テレワーク時代の住まいとしても、使い勝手が良さそうだ。
部屋をどう使い分けたらよい?
さらに、ミサワホーム総合研究所では、コロナ禍で「これからの在宅型テレワーク」の研究・提案も行っている。そこで、研究員の富田晃夫さんと森元瑶子さんに、住まいの中の部屋の使い分けについて聞いてみた。
基本的には、在宅勤務の空間も、オフィスの場合と変わらないという。例えば、オフィスでは、それぞれの席で各々の仕事を行っているが、互いに邪魔することはなく、それでいて「忙しそうだ」「困っているようだ」といったことがわかる。また、集まって議論するときは会議室に移動するし、気分転換したいときはラウンジに行き、集中したいときは席ではなく別の場所に行ったりする。
住まいの場合も、専用席がある「ホームコモンズ」で仕事をするだけでなく、気分転換やリラックスして発想を膨らませたいときには、外の景色が眺められる場所でアイデアを練ったり、集中して仕事をしたいときやWeb会議をするときには、集中専用の個室に入ったりと、1カ所で仕事をするのではなく、仕事の内容に応じて部屋を使い分けるのがよいという。
住宅の広さや形態によっては、「ホームコモンズ」などの空間が作れない場合もあるだろう。そうしたときでも、ワークウェアに着替えたり、仕事ゾーンを設けたりして、「この状態のときは仕事をしているとき」というメリハリをつければ、自身もオンオフの切り替えができる。また、子どもも2歳前後になれば「ここは誰の席」といったことが認識できるようになるので、邪魔しないようになるとのことだ。
話を聞いて思ったことは、「子ども部屋」のような使う人を限定した部屋分けではなく、寝る場所、仕事や勉強をする場所、くつろぐ場所、会話する場所など、空間を機能で分けるほうが、テレワーク時代には適しているということだ。
そもそも「ホームコモンズ」は、「寝学分離」の発想から来ているというが、「子ども部屋」にベッドも机と椅子も入れてしまうと、子どもが部屋に籠もることになる。勉強するのは「ホームコモンズ」、眠るのはベッドルーム、くつろぐのはリビングなどと、機能を分ければ、子どもたちも部屋を使い分けることになる。
リビングも、一般的には家族が集う場所でもあり接客の場所でもあるので、来客向けなのか家族向けなのかあいまいになる。
接客スペースを別に用意したり、接客する機会が少ないなら接客の機能を設けないという発想もあるだろう。家族の集いに特化して、子どものお遊戯を祖父母に見せるといった‟ハレ舞台”の空間を設けるのもいいかもしれない。
憩いの場としては、一戸建てであれば庭やテラス、屋上を利用したり、マンションであればバルコニーを利用したりして、洗濯物を干したり、植物を飾ったりする以外の機能を持たせるのも有効活用になる。
暮らし方は家族ごとで異なるので、家族のライフスタイルに応じて、住まい全体を機能分けして使っていくのが、効率的で快適ということになるだろう。
マンションでもワークスペースの提案
その一方で、集中した作業をするときやWeb会議、オンライン授業のときには、閉ざされた個室が必要だ。このコロナ禍でハウスメーカーなどの各社が、ワークスペースとなる個室を提案している。
マンションでも、東急不動産がコクヨと共同でコックピット型ワークスペースを提案したり、NTT都市開発がユナイトボードと共同で再生強化紙段ボールによる1畳書斎空間を提案したりしている。
ミワサホームでも2013年時点で、Web会議を意識した在宅ワーク空間として、2.5畳サイズの「ミニラボ」を発売しているが、外からカギがかけられるようにしている点が面白い。仕事を自宅に持ち込むとセキュリティの問題もあるので、テレワーク時代にこそ重要となるかもしれない。
コロナ禍の在宅勤務や在宅学習といった経験によって、住まいの中での親子の距離感が変わった家庭も多いだろうが、成長段階に応じた距離の取り方をすることで、よりよい関係性が築けるようだ。森元さんは、幼児期のお子さんが2人いるお母さんでもあるが、今回の外出自粛中に親子で勉強や仕事をすることが増え、子どもの興味を引き出す機会も増えたと感じたそうだ。
親も集中して仕事ができるように
家事を見ていたことで、子どもが家事の手伝いをするようになったり、上の子が恐竜に関心を持った状況に合わせ、図鑑や映像を提供したことで、今ではすっかり恐竜博士になったという。子どもが熱中できるものを見つけてあげられると、親も集中して仕事ができるようになるらしい。
さて、研究員の富田さんによると、「ホームコモンズ」や「ミニラボ」などの提案は注目されてきたものの、なかなか実現してこなかった。だが、在宅勤務などの経験をしたことで、すぐにすべてを取り入れることはないにしても、実現が加速して数年で定着していくだろうと予測している。
住まいに求められる機能が多様化している今、家族ごとに我が家での暮らし方を見直し、親も子も快適な場所でほどよい距離感が保てるような工夫を考える必要があるだろう。」
メディアでも、東大生の多くが子供部屋に籠らず、食卓で勉強していたということが一時話題になりました。このブログを読んでみると、その理由が良くわかります。マンションでも、初期の公団住宅の「寝食分離」から始まり「P(パブリック)・P(プライベート)分離」等、間取りの考え方も時代とともに変わってきました。かつては応接間や、客間等が家の中でもっともよい場所を占めていましたが、来客の減少とともに、そのような部屋はなくなり、マンションでは1階エントランスでの接客や、パーティールームの利用が一般的になってきました。また、高齢者専用住宅等でも、自分の部屋に籠らないよう個室は最低限の広さにして、共用のリビングスペースを拡充する傾向にあります。
入居者間の交流を主眼に、共用キッチンや共用リビングを充実させ、最低限の機能のみを、専有部にもたせるマンション企画も、今後はデベロッパーに考えて欲しいところです。
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