2023年9月7日の日経クロステックの表題の記事を紹介します。
「建物の外壁からタイルが落下する事故が散見されている。経年劣化や施工不良など要因は個々の事例ごとに異なるものの、落下したタイルが通行者などに当たれば、取り返しがつかない。過去には外壁タイルの落下による死傷事故も起こっている。
本連載では、「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを使って新規に書き下ろしたイラストとともに、建築の「危ないデザイン」を振り返る。
前述の外壁タイルは、建物に高級感を与えるなど建築の意匠を構成する上で重要な役割を担う。マンションなどを中心に採用事例は今も多い。
一方、大阪地方裁判所判事(当時)の高嶋卓氏が「判例タイムズ」の2017年9月号に寄せた論文によると、大阪地裁で建築関係訴訟を専門で扱う第10民事部における未処理の事件数の5~8%は、外壁タイルの瑕疵に関する事案となっている。そこで今回は、老朽化した建物の増加とともに、これから発生数が増えそうな外壁タイルの落下トラブルについて取り上げる。
まずは2010年3月に日経アーキテクチュアの特集記事で筆者が紹介した以下の事例からひもといていく。全国で散見されているタイルの落下事故で少なからず発生しているケースだ。
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
島根県内にあるJR益田駅前に建つ複合施設EAGA(イーガ)のA棟から、下地調整用の補修モルタルの上にタイルを張って仕上げた外装材の一部が剥がれ落ちた。09年2月13日に通行人からの通報で判明した。
落下した外装材の大きさは縦100cm、横60cm。重さは約10kgだった。一部は益田駅近くの道路に落下した。タイルの撤去や外壁の応急処置などのために、道路は一時、通行規制を受けたものの、事故によるけが人や物損は確認されていない。
左の写真はタイルが剥落したイーガA棟の住宅部分。12階の東面の化粧柱部分で縦100cm、横60cmの大きさでタイルとモルタルが剥がれ落ちた。タイル1枚の大きさは45mm×95mm。右上は剥落部分を拡大したところ。剥落が起こった壁面の前面は、JR益田駅を利用する人などが通行する道路だ(写真:益田市)
外装が剥落した施設は、下層3階分が公共施設と商業施設、4階以上の部分が共同住宅である地上13階建ての建物だ。06年6月に完成した。構造はSRC造一部S造で、外装をレンガ色や灰色の磁器質タイルで仕上げていた。益田市が市街地再開発事業として発注し、都市環境研究所(東京都文京区)が基本設計と実施設計を担当。熊谷組が実施設計に対する計画変更と施工を担った。
配置概要図と平面図
タイルを用いた外装デザインは、都市環境研究所が設計をまとめた段階で決まっていた。同研究所は、事業資金の立て替えなどを担う特定事業参加者の意匠に対する考えや、ライフサイクルコストの低減を考慮。外装仕上げとしてタイルを選んだ。仕様自体は、一般的な内容だった。
南面や東面で目立った浮き
外装が剥がれたのは12階の東面で、化粧柱の部分だ。事故後、タイル全面を打診検査した結果、表面の浮きは化粧柱に集中していた。タイルを施工した化粧柱155m2のうち、27m2で表面に浮きを確認できた。手すり壁なども合わせると浮きがあった部分は32.4m2となった。
全面打診で判明したタイルの浮きの状況(出所:益田市)
浮きが見つかった化粧柱について、コアを採取して施工状態を確認したところ、コンクリートの躯体の上に厚さ2~5mm程度の下地調整用のモルタルを施工していた。表面の通りを確保するためだ。その補修用のモルタルの上には、さらに2mmほどの厚さのモルタル層を設けてタイルを接着。剥落は、下地調整用のモルタルとコンクリートとの間の接着力が低下して発生した。
タイルで仕上げた外壁の断面。益田市の資料を基に日経アーキテクチュアが作成
剥落原因について、熊谷組は様々な仮説を立てて調査・分析を重ねた。例えば、コンクリート部分とタイル部分の材質などの違いがもたらす熱挙動の違いを一因だと想定した。これは、タイルで仕上げた外装材が剥落する一般的な要因の一つだ。
日射の影響を受けやすい南面や東面で浮きが目立った点や、化粧柱のタイルは濃色で熱を吸収しやすい点、構造柱に比べて化粧柱の剛性が小さいために挙動が大きくなるとみられる点などを踏まえた。ただ、これが剥落を招いた決定的な理由か否かは分かっていない。
調査ではモルタルとの接着面であるコンクリート表面の状態を確認した。接着面に異物などは認められず、仕上がり状態に問題はなかったと判断された。ただし接着面において、施工時に超高圧水洗浄やブラシでの目荒らし・洗浄といった下地処理は施していなかった。
建築物の施工で参考にされる日本建築学会の「建築工事標準仕様書・同解説JASS19陶磁器質タイル張り工事」(現在はセラミックタイル張り工事に改題)に、接着性を高めるためのコンクリート表面の目荒らしが記載されたのは05年。合板型枠の転用回数を増やす目的で塗装合板の使用が増し、平滑なコンクリート面が多くなってモルタルとの接着が悪くなっている傾向などを踏まえた措置だった。翌年に完成したイーガでは、この処理は反映されていなかった。
型枠剥離剤の影響はないとみた。モルタルの乾燥による接着性能の低下を防ぐために界面に施工した吸水調整剤が、躯体側とモルタル側にそれぞれ浸透した形跡があったからだ。
吸水調整剤の塗布厚についても、「メーカーに確認したところ、問題のないレベルだった」と、熊谷組建築事業本部建築部建築グループの副部長である古田崇氏は説明する。下地調整モルタルの背面に水が回り込んだ痕跡も認められなかったという。剥落したタイルを施工した時期は春で、凍害などの影響も受けていないものと考えられた。
これらの状況を踏まえて、熊谷組は目地の施工も適切だと判断した。コンクリート躯体側の水平目地に合わせてタイル側の目地が配置されており、深目地のような状態もなかった。市は、技術顧問契約を結んでいる中電技術コンサルタント(広島市)にも調査報告の内容を確かめてみたが、剥落原因は特定できなかった。
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
(注)日経アーキテクチュア10年3月8日号の特集「建材落下はなぜ続く」の一部を再構成。登場する組織、肩書などは取材当時のもの
近年は接着剤利用が増加
この建物が完成した時期は、JASS19において下地の目荒らしを規定してからの期間が短く、外壁タイルの接着力を高めるための新たな対策は、まだ十分に普及していないタイミングだった。
とはいえ、一部の大手不動産会社や大手建設会社では、コンクリートの目荒らしなどを標準仕様書に組み込み始めていた。タイル剥落の原因が目荒らしの未実施にあるとは断定できないものの、技術基準に加えられた対策をいち早く取り入れていれば、事故に至るリスクを低減できたかもしれない。
タイルの浮き・剥落を巡る裁判では、目荒らしの不備を原因の1つと判断し、瑕疵担保責任などを認めた事例も存在する。現在では、下地処理はタイル工事の品質を確保するうえで、無視できない重要項目になっている。
コンクリートの表面は、剥離防止のための清掃および目荒らしを確実に実施することとし、その方法は特記による
高圧水洗浄法による下地処理を行う場合には、事前に試験施工を実施して下地処理後の状態を確認する
日常的な品質管理として、施工計画書に基づいて下地処理のプロセス検査を実施する
プロセス検査によって判明した不具合箇所は、施工計画書の処置方法に基づき速やかに手直しする
(出所:2022年10月発行の建築工事標準仕様書・同解説 JASS19 セラミックタイル張り工事)
近年は、有機系接着剤を用いてタイルを張るケースが増えている。モルタルで張る場合よりも弾性が大きく、接着界面における応力を減らせる。そのため、モルタルに比べて下地の変形に追従しやすくなり、タイルの剥落が起こりにくくなる。
この点が評価されて、有機系接着剤を用いた工法を採用した場合は、建築物の定期調査報告で定められている外壁タイルの点検で優遇されている。モルタルでの施工であれば必要となる10年ごとの全面打診の代わりに、各階1カ所の引張接着試験などで済むようにしたのだ。
このように、新設工事を中心としてタイルの剥落リスクを低減させる対策は進んできた。それでも、タイルの落下事故は、しばらく続く可能性が高い。高級感のある意匠を得るために外壁タイルをモルタルで張り付けたマンションなどは過去に数多く建設されており、これらの建物の劣化が今後一段と進んでくるからだ。」
マンションでのタイル剥離のクレームは、会社員時代にも多く発生していました。記事で取り上げられたマンションは、タイル下地のコンクリートが目荒らしが実施されていなかったことが、やはり主原因のように思われます。
最近建築されるマンションでは有機系接着剤で施工されるマンションも多くなってきました。築10年以内であれば、施工会社への責任追及も可能です。不安があるマンションは築10年以内の全面打診調査の実施をお勧めします。
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