2023年5月8日の日経クロステックの表題の記事を紹介します。
「2023年3月、名古屋市内のマンションの腰窓から双子の幼児2人が転落して亡くなった事故は、新聞やテレビで大きく取り上げられた。こうした、窓から子どもが転落して死亡したり大けがをしたりする事故は過去に何度も起こっている。
過去に発生した建築デザインに起因するトラブルを「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを用いたイラストとともに振り返る「一級建築士矩子と考える危ないデザイン」。23年4月に始めた本コラムでは今回、開口部からの転落事故を取り上げる。
消費者庁が20年9月に窓やベランダからの子どもの転落事故のリスクを訴えかけた資料にも、近年発生した開口部からの転落事故がいくつも紹介されている。「子どもが網戸に寄りかかったところ網戸ごと転落した」「ソファをよじ登って窓から転落した」など繰り返されてきた事故が並ぶ。こうした悲劇はなぜなくならないのか。
以下に示すのは、宇都宮市内にある団地で子どもの転落事故が相次いだ事例を筆者が取材し、08年に日経アーキテクチュアで執筆した記事だ。10年以上前の記事であるものの、そこから見えてくる安全対策は今も役立つ。
宇都宮市内に位置する山王市営住宅10号棟で、07年6月30日に1歳11カ月の男児が3階北側の腰窓から転落する事故が発生した。落下地点が緑地の上だったことも幸いし、けがはなかった。
幼児の転落が相次いだ宇都宮市の山王市営住宅の10号棟(写真:宇都宮市)
07年の事故後、山王市営住宅内のすべての腰窓の外側に窓用手すりを設置している(写真:宇都宮市)
男児が転落した腰窓部では、腰壁の高さは70cmだった。室内側には床から90cmと1.1mの高さにステンレス製の手すりを水平方向に渡していた。手すりは01年の入居開始時から取り付けてあった。
北側洋室の内部。腰窓部分に手すりを設けていたが、事故は起こった(写真:宇都宮市)
手すりがあったにもかかわらず事故が生じたのは、居住者が腰窓の脇に高さ50cmのベッドを設置していたからだ。男児はこのベッドを踏み台にして、手すりをくぐり抜けるか乗り越えるかして転落した。
同市営住宅では、この事故のほかに少なくとも2件の転落事故が確認されている。いずれも北側の腰窓から幼児が落下した。
最初は01年5月に10号棟の東側に建つ13号棟の4階から1歳の男児が転落した。居住者が室内に置いたジャングルジムで遊んでいて窓から飛び出た。幼児は緑地に落ち、けがを免れた。市は建物には問題はないと判断。事故後の対策を、市営住宅の住民に注意を促すチラシの配布にとどめた。
もう1件は06年に4階から幼児が転落した事故だ。07年の事故と同じ10号棟で発生した。この事故でも幼児は緑地に落ちて無事だった。そのため市に報告がなく、07年の事故後に事実が判明した。転落したのは居住者の知人の子どもで、事故原因など詳しい内容は不明だ。
開放感を重視して柵を設けず
宇都宮市は山王市営住宅を整備する前から、市営住宅には腰窓の外側に縦桟付きの窓用手すりを採用していた。
しかし、山王市営住宅ではその仕様を踏襲しなかった。事故が起こった建物を含む10~13号棟を設計した鈴木公共建築設計監理事務所(宇都宮市)の三富健次氏は、設計意図を次のように説明する。「北側で4.5畳や5.5畳という比較的狭い居室なので、なるべく窓から自然光を取り入れて広さを感じられるようにした。腰壁を高さ70cmと低くし、室内側に手すりを設けた」
転落事故が発生した山王市営住宅の間取りと断面概要
宇都宮市の資料を基に日経アーキテクチュアが作成
幼児が転落した10号棟や13号棟がある敷地の西側には1~9号棟が並ぶ。同社はこれらの建物の意匠との連続性も踏まえ、10~13号棟の窓回りの設計を固めた。「1~9号棟は南北方向に長い敷地に建物を囲み配置にした。その結果、採光が課題となり、腰窓の下端を床から80cmの高さにした。外部に柵を設けず、腰窓部分には室内側に手すりを1本渡した」(市住宅課課長の大森義夫氏)
山王市営住宅の配置図
宇都宮市の資料を基に日経アーキテクチュアが作成
腰窓に手すりを設置する転落防止策を講じていたにもかかわらず、07年の事故を招いた一因は、居住者が腰窓の横にベッドを置いた点にある。10~13号棟の設計を担った鈴木公共建築設計監理事務所(宇都宮市)の三富健次氏は、「誰が入居するか分からないので、設計時点では部屋の使い方まで決められなかった」と弁明する。市住宅課課長の大森義夫氏も「ベッドの設置は想定外だった」と言う。
しかし、誰が入居するか分からないからこそ、設計には十分な配慮が必要だ。事故が起こった洋室では、出入り口や収納空間の横を避けるとベッドを置ける位置は限られる。
腰窓の横はその限られた選択肢の1つだ。転落防止用に設けた2本の手すりも、ベッドのような踏み台があれば足掛かりになってしまう。設計段階でより注意深く検討していれば、間取りや腰窓部分の転落防止策などは、異なっていたかもしれない。
市は事故後、山王市営住宅にあるすべての腰窓667カ所に、縦桟付きの高さ90cmの窓用手すりを設置し始めた。設置費用は2095万円で、08年3月末までに取り付けを終える予定だ。
法令頼りの限界
腰窓の転落防止に対する安全基準は、建築基準法や同法施行令では明確に定められていない。同法施行令126条1項では、2階以上の階にあるバルコニーやこれに類するものの周囲には高さ1.1m以上の手すりなどを設けるよう規定する。
転落防止用の手すり高さの主な基準
基準の一部を日経アーキテクチュアが抜粋した
しかし、この規定は腰窓への適用を想定したものではない。腰壁の高さや腰窓における手すりの設置基準は建基法や同法施行令では網羅できていないのが実情だ。
しかも、同法施行令126条1項の規定はすべての建物を対象にしたものではない。例えば、一般的な2階建ての戸建て住宅は適用範囲外だ。法令だけを安全対策のよりどころにしている限り、腰窓からの転落事故を防ぐことは難しい。そのため、住宅性能表示制度における評価方法基準などを参考にしている設計者も少なくない。
独自の設計基準を設けている発注者も存在する。例えば神奈川県では、県が整備する施設に採用する設計基準を00年度に作成。そのなかで学校施設における窓の仕様を定めて、窓台の高さなどを明記した。
大手デベロッパーを中心に、集合住宅の窓で発生する転落事故の防止を図るための独自仕様を設ける例も珍しくない。
採光や通風、防犯など窓には転落防止以外の機能も数多く求められる。一つの基準だけで多様な要求を満足できる部位ではない。それだけに、基準や過去の設計例だけに依存するのではなく、利用者や使い方、その効用を自ら考え抜く姿勢が、設計者には求められる。
設計者の視点 開口量の制限など複数の手立てを
三菱地所設計 住環境設計部 副部長 市村憲夫
大手デベロッパーでは、集合住宅における開口部の転落防止策について独自仕様を設けている。例えば、2階以上にある開閉可能な腰窓には床から1.1m以上の高さに手すりを設け、床や窓台から高さ80㎝以内にある窓には11㎝以下の間隔で縦桟を備えた手すりを設けるといった具合だ。
さらに、バルコニーなどに面していない開口部で足掛かりがある場合には、開口幅を11㎝以内に制限する仕様もある。ストッパーを解除すれば、11㎝以上開けられるようにもできる。出窓やトイレの便器の近くにある窓、浴槽の縁側にある窓が代表例だ。
中小規模のデベロッパーで、独自の安全基準を設けていない場合は、当社からこうした転落防止策を提案している。大抵、受け入れてもらっている。
転落防止を図るための使用法を説明するシールを、窓に貼り付ける例もある。ほかにも、開口部からの物の落下を防ぐ視点で、出窓の窓台の先端部に立ち上がりを設ける例もある。(談)
設計者の視点 生徒以外にも利用者がいることを想定
教育施設研究所 設計本部計画部部長 飯田順一
校舎の使い手はその学校の児童や生徒だけではなくなりつつある。開かれた学校という考えの下、想定している児童や生徒よりも幼い子どもが校舎内に入る機会があるからだ。これからの学校建築は、そうした視点も必要だ。
転落事故の防止を図るうえでは、原則としてバルコニーなどを設けることが大切だ。バルコニーを設置していれば、腰窓からの転落事故は防げる。
バルコニーを設けられない場合は、別の安全策を考える。まずは手すりが有効だ。ほかには窓の配置を工夫する方法もある。上部に大きな窓、下部に小さな窓を設けて、下部の窓を開閉できなくすることも検討に値する。
落下物が地上を歩く人に当たらないよう開口部の下に緑地を設けるケースもある。こうした緑地は、転落事故時にけがの度合いを軽減するといった副次的な効果をもたらすことがある。
建築基準法は最低基準にすぎない。設計者はその理念をくみ取り、独自の配慮を重ねなければならない。(談)
窓は一番危険な場所と思え
前回の記事の冒頭に記したように、08年に執筆した記事の掲載後も窓から子どもが転落する事故は後を絶たない。各種メディアで大きく取り上げられた名古屋市内で幼児2人が窓から転落して亡くなった23年3月の事故を、繰り返される事故への「最後の警告」と受け止めなければならない。一方、既に指摘したように、腰窓からの転落防止を考慮した安全基準は今も法令では規定されていない。
近年増加している共働き世帯では、親が在宅で仕事をこなしていたり、仕事で留守にしていたりして、子どもに目が行き届かない時間が長くなりがちだ。大人が見ていない状態でも安全を確保しやすい住環境が一段と重要になっている。記事中の最後のイラストで示したように、建築設計者にとっては、設計時点で部屋の使い方も深く検討し、形式的な対策では防ぎきれないリスクを洗い出しておく姿勢が一段と重要になってくる。
国は高齢者や子育て世帯といった多様な世帯が暮らしやすい住宅を確保するための、「スマートウェルネス住宅等推進事業」を23年度も継続。同年度予算には183億円を計上している。
この施策の中に、「子育て支援型共同住宅推進事業」が位置付けられている。住宅内の事故防止のための取り組みを支援する事業だ。転落を防止するための手すりの設置もここに含まれる。改修時の支援を受ける際に、転落防止の手すりなどの設置は必須項目となっており、安全対策として重視されている項目だと分かる。
子育て支援型共同住宅推進事業での補助対象
目的 取り組み事項(補助対象)
視点 配慮テーマ
住宅内での事故防止
衝突による事故を防止する
造りつけ家具の出隅などの衝突事故防止工事(面取り加工)
ドアストッパーまたはドアクローザーの設置
転倒による事故を防止する
転倒による事故防止工事(洗面・脱衣室の床はクッション床)
人感センサー付き玄関照明設置
足元灯などの設置
転落による事故を防止する(バルコニー・窓などからの転落防止)
転落防止の手すりなどの設置
ドアや窓での指詰め・指はさみを防止する
ドアや扉へ指詰め防止工事
危険な場所への進入や閉じ込みを防止する
子どもの進入や閉じ込み防止のための鍵の設置
チャイルドフェンスなどの設置
感電ややけどを防止する
シャッター付きコンセントなどの設置
やけど防止用カバー付き水栓、サーモスタット式水栓などの設置
チャイルドロックや立ち消え安全装置などが付いた調理器の設置
子どもの様子の見守り
子どもの様子を把握しやすい間取りとする
対面形式のキッチンの設置
子どもを見守れる間取りへの工事(キッチンに面したリビング)
不審者の侵入防止
防犯性の高い玄関ドアなどの設置
防犯フィルム、防犯ガラス、面格子などの設置
防犯カメラ設置(録画機能のあるカメラ付きインターホン設置を含む)
災害への備え
災害時の避難経路の安全を確保する
家具の転倒防止措置のための下地処理工事
避難動線確保工事
賃貸住宅建設型の事業は上記全項目の実施が必要、賃貸住宅改修型または分譲マンション改修型の場合は上記の赤字項目が必須となる。(国土交通省の資料を基に日経クロステックが作成)
住宅からの転落は開口部で発生するケースが多い。東京消防庁が17~21年までの5年間で開口部などから落ちて救急搬送に至った件数を集計したところ、全体の7割以上が窓からの事故だった。
窓からの転落事故は住宅だけでなく、学校でも繰り返されてきた。消費者安全調査委員会は23年3月、「学校の施設又は設備による事故等」と題する報告書を公表。この中で、窓際の設置物による転落リスクとその対策を急いで講じる必要性を説いている。
3点目のイラストで紹介したように、集合住宅において、限られた面積という条件下で居室の数を重視して間取りを組むと、入り口などとの関係でどうしてもベッドを窓の近くに配置せざるを得なくなるケースが増える。ベッドに限らず、棚をはじめとした家具を置ける場所が窓の近くになってしまう状況は少なくないだろう。利用者や居住者の属性や空間の余裕などを十分に考慮しながら、窓における転落防止対策の必要性を検討することが大切だ。
考え抜いて整備したハードでも対策には限界がある。小さな子どもを持つ親などが窓回りのリスクと安全対策をしっかりと認識できるように、不動産や建築の専門家が居室の使い方をしっかり伝えていく取り組みも忘れてはならない。」
子供の落下防止対策としては、設計者の配慮が重要になります。この記事にもあるように、バルコニーのない窓際にベッドを置かざるを得ないような間取りは避けるべきですし、三菱地所設計のコメントにあるように、物理的に11cm以下しか開かない窓を設置するのも有効です。何気ない設計で、住民が不幸になるような設計はしないように、設計者はキモに銘じてもらいたいです。
Comentarios