
2024年3月10日の現代ビジネスの表題の記事を紹介します。
「相場と比べて格安になった
老朽化マンションの増加にともない、管理組合による行き過ぎた監視体制も問題化している。住民がマンション自治への無関心を続けた結果、いつのまにか組合理事会の権限が強くなりすぎ、それによってトラブルが起きるケースが各地の築古マンションで頻発しているのだ。
住民側は泣き寝入りするしかないケースが大半を占めるなか、それでも「異常管理組合」を打ち負かした稀有な例もある。京王線・幡ヶ谷駅(渋谷区)から徒歩4分。「秀和幡ヶ谷レジデンス」は、総戸数298、築約50年の大型分譲マンションだ。
デザイン性の高い外観でファンの多い「秀和シリーズ」の一つであるうえ、立地も良い。しかし、幡ヶ谷レジデンスは最近まで、付近の相場と比べて格安な価格で取り引きされていた。その理由は、管理組合の理事会による独裁だ。住民を縛り付ける異常なルールが数多く存在し、不動産価値が下落。幡ヶ谷レジデンスはSNS上でも有名で、一部では「渋谷の北朝鮮」とも呼ばれていた。
ウーバーイーツ禁止
理事長を中心とした数名の固定メンバーによって、約30年にわたり支配されてきた幡ヶ谷レジデンス。住民への取材から判明した「異常ルール」は、驚愕のものばかりだ。
・家族や友人を連泊させると、「転入出金」として1万円の支払いを求められた。支払いを拒むと管理人や理事が部屋を訪れ、「払わないなら出ていけ」と恫喝してきた。
・専有部分であっても1ヵ月を超える工期のリフォームは禁止。理事会が内装業者に対し、「入館料」として5万円を要求し、応じなければ認可しないとしたことも。
・非常口を南京錠で施錠。
・介護ヘルパーやベビーシッター、工事業者などは、平日17時以降と日・祝日、入館禁止。
・共有部分でのキャリーケースやベビーカーの使用禁止。
・ウーバーイーツは利用禁止。
・廊下での立ち話や携帯電話は禁止。
などなど。しかも、これらは「異常ルール」のほんの一部だ。住民が深夜に救急車を呼んだが、管理人が寝ていて入館できず、対応が遅れるという危機的状況もあったという。
理事会は、ルール徹底のため、敷地内に約60台もの防犯カメラを設置。理事会に従う管理人だけでなく、理事たちによる「録画確認」も毎日行われ、住民たちは常に監視されている状況にあった。
これらのルールは管理規約や細則に一切記載がないものだったため、当然、反発する住民もいた。しかし理事会は、「8割の住民の賛同を得ている」と、一向に取り合わない。不満があっても泣き寝入りするしかなかった理由について、約40年にわたり居住する70代の女性はこう語った。
「理事会に異を唱える住民は、これまでも何人か出てきましたが、反対運動が広がるまえにいつも潰されてしまった。そしてその後、反対運動に参加した人たちは露骨な嫌がらせを受けるんです。それを見ていたほかの住民たちは身の危険を感じ、行動に移すことができなくなった」
まさに「渋谷の北朝鮮」……。しかし、そんな独裁管理組合も、'21年11月、ついに打倒された。京王プラザホテル(新宿区)で開かれた総会で、理事会のメンバーが全員刷新されたのだ。
反対運動が始まったのは、'18年のこと。中心となったのは、現・代表理事の手島香納芽氏(59歳)だ。手島氏は賃貸オーナーだったが、幡ヶ谷レジデンスに移り住むことを考え、'18年の年始に開催された総会に初めて参加した。手島氏はそこで、幡ヶ谷レジデンスの現実を初めて目にしたという。
「管理費の値上げについて住民から質問が出たんですが、その理由が一向に明示されない。しかも、理事長は質問した組合員を徹底して人格攻撃していました」
強い違和感を覚えた手島氏は、総会に参加していた住民から話を聞き、幡ヶ谷レジデンスの異常な管理実態を知った。
「許せないという気持ちから、総会に参加していた同じ思いの方々と活動を始めました」
有志の会の初期メンバーは8人。月に1〜2回、マンションから離れた喫茶店に集まり、相談を重ねた。手島氏らは、警察、消防、区議会議員など各方面に「助けてほしい」と相談したが、いずれも「民事不介入。力になれない」という回答。また、過去の判例を見ても、住民自治に委ねるという判断で終わっているものばかりだった。
手島氏は区分所有法を調べあげ、異常な管理を止めるには、賛同者を増やし、総会で議決の過半数を取るしか方法がないと悟った。理事会のメンバーが四六時中監視しているため、マンション内で大っぴらに活動することはできない。そこでまずは、賃貸オーナーに匿名で手紙を送った。しかし期待したほどの返答は戻ってこない。
「所有者は高齢者も多く、ことを荒立てたくないという考えの方が多かったのだと思います」(手島氏)
緊迫の総会
それでも、有志の会は粘った。感情的な内容ではなく、客観的な分析に基づくファクトを提示することに腐心した。資産価値の低下、総会の様子や管理の実態を共有し、アンケートや切手付きの返信封筒も同封した。すると、返信は次第に増え、活動協力を申し出る所有者も現れた。アンケートにはこんな返答もあった。
〈怖くて本当のことが言えなかった。こんなに住みにくいマンションはない。立ち上がった方々に感謝です〉有志の会の面々は、こういった見えざる声の存在に背中を押された。例年の総会前には、〈総会に出席しよう〉と、250通以上の膨大な郵送作業を行った。
結成から2年が経つころには、活動メンバーは15名ほどに増え、賛同者も70名を超えた。しかし、そんなときにコロナ禍となった。手島氏が振り返る。
「活動が停滞したことで、『過半数なんて無理』と、喪失感から去っていく人もいました。誰かが先頭に立ち、問題を提起し続けないと活動は成り立たない。そういった難しさの連続でした」
対面で集まることができないなかでも、賛同者との連携を深めるため、メールや電話での定期的な状況報告を行うなど、努力を続けた。
活動開始から約3年。ついに賛同者が80名を超えると、有志の会は大胆な行動に出る。匿名ではなく、手紙にメンバーや賛同者の名前を記載することにしたのだ。賛同者に名前記載の協力を依頼すると、30名以上が名乗りをあげてくれた。これにより、賛同者は一気に100名の大台を超えた。会としても表に出るようになり、名称を「秀和幡ヶ谷レジデンスをより良くする会」とした。
'21年3月には、マンションの管理問題に精通する桃尾俊明弁護士とも契約した。弁護士の指導により会の勢いは増し、理事改選のための委任状集めも開始。総会へ向けたシミュレーションも徹底した。
運命の総会は'21年11月6日。「より良く会」で会長を務めた多鹿英和氏は、当日まで、集めた委任状が過半数に届くか半信半疑だったという。
「総会出席議決権数268票の過半数は135票。計算上20名ほどの浮動票があり、最後は委任状を出さず静観するようお願いしていました。負けるとすべてがパーになる。『これは1票を争う闘いになる』と覚悟を決めて総会に臨みました」
総会の様子はグループチャットで共有され、多鹿氏は弁護士の指示を受けながら行動した。開会時、理事会側が発表した「より良く会」の委任状は77票。明らかに少ないと感じた手島氏らは再集計を要求する。4度の集計を繰り返した結果、委任状は99票に。会場にいた賛同者の票を加え、過半数ギリギリの138票を獲得し、「より良く会」が擁立した8名が新理事として選任された。4年に及ぶ活動が、ついに結実した瞬間だった。
管理組合との闘い方
収まりがつかない前理事長は、票集計の無効を主張。新体制への引き継ぎも拒否した。これに対し、新理事となった多鹿氏が原告となり、旧理事について「職務執行停止仮処分」を申し立てた。これが認められると続けて、「理事の地位不存在確認請求訴訟」を東京地裁に提起。一審は昨年9月に原告側の完全勝訴といえる判決がくだっており、控訴審も今年2月に結審した。
これらの訴訟で、原告の代理人弁護士を務めた桃尾氏が語る。
「今回の勝因は、熱意ある住民が、地道に仲間を集め続けたことにつきます。区分所有法というのは、多数決が大原則。管理組合を動かすには、総会で過半数を取るしかないのです。仮に管理組合が異常としか思えないルールを敷いていたとしても、『違法行為』とは言えないケースがほとんど。管理組合の理事会は、住民から委託を受けているという前提だからです。
管理組合とトラブルになったという方は多く、私のもとには全国から相談が寄せられますが、闘い方は限られている。まずは、自ら理事になって内側から変えていくこと。それが難しければ、仲間を集めて過半数を取るしかない。『諦めてマンションを売るか、静観するしかないですよ』とアドバイスせざるを得ないケースが多いのが実状です」
秀和幡ヶ谷レジデンスでは、昨年3月の総会をもって「異常ルール」のすべてが撤廃された。現在は、失われていたマンション自治への関心も住民に芽生え始め、資産価値もようやく地域の相場に戻りつつあるという。」
理事会メンバーが長らく固定され、独断でマンションの管理を行っているという相談は良く聞きます。管理規約上は組合員の5分の1以上の同意で、理事会メンバー交代の総会を決議し、出席者の過半数が同意すれば、理事会メンバーの入れ替えは出来ます。といいますが、実際に行動に移すとなると、とても大変な作業になります。
「秀和幡ヶ谷レジデンス」は、総戸数298戸のマンション、臨時総会を開催するとしても60戸の賛成が必要ですし、総会で決議されるためには半数以上の150戸の賛成が必要です。しかしここの住人の皆さんは、コツコツと仲間づくりから始め、3年の歳月を経て、マンションの理事会メンバーの総入れ替えを実行しました。とても素晴らしいことだと思います。
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