2024年8月3日の日経クロステックの表題の記事を紹介します。
「新型コロナウイルス騒ぎが沈静化して初の夏休み。旅行に出かけるなど、自宅や学校、オフィスといった普段の生活の場を離れて過ごす機会が増えるだろう。観光施設をはじめ、外出先の建物を訪れた際に、非常に高い確率で出くわす設備の1つが自動ドアだ。
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
本コラムでは「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを用いたイラストで記事の内容を解説する
両手が塞がっていても通り抜けできる便利な設備であるものの、実は事故が数多く起こっている。こうした状況を受け、消費者安全調査委員会(以下、調査委員会)は2021年6月25日、自動ドアがもたらす事故について原因を調査した結果を報告書としてまとめた。
本連載では、「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを使って新規に描き下ろしたイラストとともに、建築の危険なデザインを振り返る。今回は、調査委員会による調査結果を基に、自動ドアのリスクについて掘り下げる。
調査委員会が自動ドアを調査する契機となったのは、18年6月に発生した事故だ。80歳代の女性が、店舗入り口に設置してあった自動ドアにぶつかって転倒、大腿骨を骨折するけがを負った。先行して進む人に続いて通り抜けようとしたところ、閉まり始めたドアの端部にぶつかった。
全国自動ドア協会が収集した15~18年度まで4年間の事故情報のうち、引き戸タイプの自動ドアで起こった事案は516件に達していた。自動ドアといえばこの引き戸タイプが主流で、全国の自動ドアの9割以上を占める。そこで調査委員会は、引き戸タイプでの事故に着目。事故要因などの分析を進めた。
自動ドアによる事故件数の年度推移。全国自動ドア協会が収集した2015年度から18年度までの事故情報を用いて消費者安全調査委員会が集計した結果に基づいて日経クロステックが作成。引き戸タイプの自動ドアによる事故を抽出している
事故を年齢別に分類すると、9歳以下の子どもと60歳代で数多く発生していた。さらに、骨折事故については、60歳以上の高齢者に集中している事実が判明した。
年齢別の被災内容。2015年度から18年度にかけて確認された引き戸タイプの自動ドアによる事故516件のうち、年齢不明の案件を除いた408件を分類した結果。消費者安全調査委員会の資料に基づき日経クロステックが作成
事故が発生する建物用途は、自動ドアを採用する事例が多い商業施設が36%と目立つものの、商業施設が圧倒的に多いというわけではない。集合住宅で12%、オフィスビルで7%と、事故は幅広い用途の施設で起こっている。
建物用途別の事故件数。全国自動ドア協会が収集した2015年度から18年度までの事故情報を建物用途別に集計した結果。消費者安全調査委員会の資料に基づいて日経クロステックが作成
事故パターンは、「ぶつかる」「引き込まれる」「挟まれる」の3種で全体の95%を占める。なかでも多いのが「ぶつかる」で全体の6割を超えた。骨折に至るケースの大半は、この「ぶつかる」事象で発生。高齢者がドアや戸先にぶつかった後に転倒して生じたケースが目立っていた。
2015年度から18年度にかけて確認された引き戸タイプの自動ドアによる事故516件を事故種別ごとに分類した結果。消費者安全調査委員会の資料に基づいて日経クロステックが作成
では、自動ドアに「ぶつかる」事故はなぜ発生するのか。調査委員会は機械的な要因と人的な要因との両面から探った。
万能でないセンサー
調査・分析の結果、機械的な要因として多く挙げられたのが、センサーの問題だった。事故情報として機械的要因が記録されていた事象を分析したところ、「ぶつかる」事故200件に対して、「センサー検出範囲の不備」「センサー故障・劣化」を要因としたケースは、合わせて136件に及んだ。これは、「ぶつかる事故」全体の68%に相当する。
自動ドアによる事故原因(機械的なもの)。「ぶつかる」「引き込まれる」「挟まれる」という事故487件に対して、機械的な要因が記録されていた313件を分類した結果。消費者安全調査委員会の資料に基づき、日経クロステックが作成
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
自動ドアはおおむね以下の構成要素から成る。まずは機械的な要素として、通行者を検知する起動センサーとドアのガイドレール付近での通行者の立ち止まりを検出する保護センサー、ドアを動かすベルトとモーターから成る駆動装置などだ。他方、建具の要素として、ドアや水平部材の無目、垂直部材の方立などが存在する。
一般的な引き戸タイプの自動ドアの概要図と各部位の名称。消費者安全調査委員会の資料に基づいて日経クロステックが作成
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
起動センサーとしては、主に近赤外線センサーが採用されている。自動ドア上部の水平部材である無目や天井部に設置したセンサーから床面に向けて近赤外線を照射。その反射状況を基にドアの動作を決める。
通行者の立ち止まりを検出する保護センサーも、主に近赤外線センサーが利用される。近年では、先の起動センサーと一体化したものが主流になっている。こうしたセンサーには、自動ドアによる押し潰しや衝撃といった危険を防ぎ、安全を確保する役割がある。
他にも、起動装置としてタッチスイッチを用いる際に使う併用センサーなどがある。自動ドアの動きはセンサーからの信号で決まる。センサーが正常に機能しなければ、ドアは適切なタイミングで開閉せず、衝突などの事故を招いてしまう。
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
センサーが正常に動作しない場面として挙げられるのは、床と対象物との見分けが難しいケースだ。近赤外線センサーは、照射した近赤外線の反射量の変化から人の存在を検知する。
そのため、床材と通行者の衣類とが似たような素材や色の場合、反射量の違いをうまく判別できず、センサーとして適切に機能しないリスクが高まる。調査委員会が実施した実験では、床のカーペットと同じ素材を歩行者に見立てて自動ドアに近づけても、ドアは作動しなかった。
他にも、経年劣化や受光面の汚れなどによって、反応が不安定になるケースがある。調査委員会が開孔率60%の汚れを模したネットをセンサー表面に貼り付けた場合と、何も付けていない場合とで検出範囲を比べる実験を行ったところ、ネットを付けた場合は検出範囲の奥行きが半減した。
「ぶつかる」ケースも「引き込まれる」ケースも、技術面のよりどころである日本産業規格(JIS)自体に課題があった。
自動ドアに「ぶつかる」事故の人的要因を見てみると、「駆け込み」と「斜め進入」が上位2件を占めた。自動ドアの可動速度やセンサーの性能などの点から、人の接近スピードが速い駆け込みについては、ハード側での対応に限界がある。
自動ドアによる事故の原因。「ぶつかる」「引き込まれる」「挟まれる」という事故487件に対して、人的な要因が記録されていた400件を分類した結果に基づく。消費者安全調査委員会の資料を基に、日経クロステックが作成
それでも、ドアのデザインや配置といった観点から対策を講じれば、リスクを軽減できる可能性はある。例えば、自動ドアへのぶつかりは、透明な自動ドアを知覚できずに生じるケースが多い。戸先や戸尻を視覚的に識別しやすいデザインに改めれば、人の方が障害物に気が付いて、ぶつかりを防ぐ行動を取る可能性が高まる。
斜めからの自動ドアへの進入については、最短ルートで移動しようとする人の特性を踏まえて、自動ドアのセンサーの検出範囲を設定すれば対応できる部分がある。調査委員会が斜め進入について実験したところ、JISなどで規定される起動センサーの検出範囲の推奨値を守っていれば、衝突事故は防ぎやすくなると分かったからだ。
ただし、課題があった。自動ドアの規格である「JIS A 4722」では、センサーの検出範囲の確認が点検項目として規定されていなかったのだ。加えて、センサーの検出範囲を簡易に測定する道具や方法も規定されていなかった。適切な設定ができているか否かを正確かつ簡易に確かめることが容易ではない現実があったのだ。
この点については、調査委員会の指摘を受けて前述の自動ドアのJISを2022年に改定。簡易な点検による検出範囲の確認方法を規定し、検出範囲の点検記録を残すことも求めた。
建築設計の観点から「ぶつかる」事故を防ぐ方法もある。
ドア開閉時の死角が悲劇を生む
例えば、センサーで通行者を確実に検出できる範囲を確保したり、斜めから自動ドアに進入しにくい動線にしたりする工夫だ。自動ドアの特性を理解したうえでドアの配置などを決めていく姿勢が、建築設計者に求められている。
「ぶつかる」に続いて多い事故は「引き込まれる」だ。この事故を招く機械的な要因としては、「自動ドアの設計不良」(23%)が「センサー検出範囲の不備」(30%)に続いた。
自動ドアの設計に関連する部分では、JISにも問題が含まれていた。自動ドアではJIS A 4722に沿って、引き込みなどに対する安全距離という項目が規定されている。例えば、指に対しては8mm以下または25mm以上という規定がある。これは、8mm以下の隙間に抑えておけば、指の引き込みについては安全だと定めたものだ。
ところが、日本機械工業連合会などが子どもの体形を調査したデータに基づくと、8歳児の小指の爪基部の厚さは平均7.8mm、2歳児では同7mm。8mmに満たない寸法なのだ。JISの安全距離は大人の指は考慮していたものの、幼い子どもの指の引き込まれリスクにまでは対応していなかった。調査委員会はこの点を指摘した。
年齢別の第5指(小指)爪基部の厚さ。「平成20年度 機械製品の安全性向上のための子どもの身体特性データベースの構築及び人体損傷状況の可視化シミュレーション技術の調査研究報告書」(日本機械工業連合会・人間生活工学研究センター)の内容に基づき、消費者安全調査委員会が抽出したデータ
前述した22年のJIS改定には、この指摘に基づく対応も盛り込まれた。開閉の機能を保つうえでは一定の隙間が必要で、安全距離の数字を安易に見直すのは難しい。そこで、戸尻かまちと方立に手指用の緩衝材を設置するような取り組みを例示した。
さらに、戸袋から引き込まれる事故では、集合住宅などに設置されているオートロック式の自動ドアを動かす際に、操作者がドア全体を見渡せていない場合があるという課題も浮かび上がった。この点は、9歳以下の子どもが引き込まれる事故が集合住宅で多く発生する点と符合している。
9歳以下の子どもが引き込まれる事故61件を建物用途別に集計した。消費者安全調査委員会がまとめた結果に基づき、日経クロステックが作成。2015年度から18年度までの事故情報を分析
オートロック式の自動ドアを開ける際、操作者は操作盤に気を取られる。操作盤がドアと垂直面に設置されている場合、戸袋などに子どもが手を置いている状況を操作者は気付きにくい。室内から解錠して自動ドアを開ける際に、戸袋付近に子どもが存在するか否かを確認するのが困難なケースも珍しくない。
自動ドアの操作面がドア面と垂直な壁に設置されている例(写真:日経クロステック)
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作
点検しない建物所有者
そのため調査委員会では、集合住宅などに設置する自動ドアについて、周囲の安全確認後に解錠操作できる2段階操作の仕組みや自動ドア周辺を見渡せる位置への操作盤設置といった配慮を建築設計の段階で求めている。
ここまでに挙げた「ぶつかる」や「引き込まれる」といった事象への対策に加えて、もう一つ重大な課題がある。自動ドアのメンテナンスだ。
建築物の保全管理に関して建築基準法で定める定期報告制度では、エレベーターといった昇降機や防火設備などの定期点検とその結果の報告が義務付けられている。しかし、防火機能を備えた製品を除いて自動ドアに法的な点検義務はない。建築基準法は最低限の安全基準などを定めるものであり、自動ドアはそこに該当する設備として扱われていない。一般的な自動ドアは、故障するまで専門の事業者による点検が行われないケースが多いのが実情だ。
調査委員会が、建物所有者43社に対して自動ドアの定期点検などの実施の有無を確認したところ、「実施している」と回答したのは9社に過ぎなかった。大半は異常があった場合、保全会社に依頼するという対応にとどまっていた。
大量に発生している自動ドアの事故を防ぐうえでは、センサーの状態などを定期的に確認する点検の充実が重要になる。これは、先に示したJIS改定に盛り込まれたセンサー検出範囲の測定・確認といった取り組みの実効性を高めるうえでも欠かせない。
今後、高齢化が進む日本。自動ドアのぶつかりなどの事故が発生した際に、大きな被害を招きやすくなるのは想像に難くない。死亡事故など致命的な事故を引き起こさないためにも、調査委員会が提示した提言を無駄にせず、早急かつ着実に対策を講じ、自動ドアによる事故を大きく減らしていかなければならない。
「一級建築士矩子の設計思考」(鬼ノ仁/日本文芸社)のキャラクターを基に制作」
マンションの大規模修繕工事の折に、風除室の開きドアを自動ドアに変更する案件も増えてきています。記事の内容を参考に、事故の少ない仕様にしていきたいと思います。
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