あるマンションの理事の方から、「管理組合理事会や管理会社への誹謗中傷のビラ投函は名誉棄損にならないか?」という問い合わせがありました。
ネットで調べてみると、以下のような相談例が記載されています。
事例1:私は新しくマンションの理事になりました。理事長が管理会社の言いなりです。高い費用を管理会社に払っている割には十分な管理もなされていません。この問題点を組合員に認識してもらうために、私が調査しておかしいと感じた問題点について管理会社を批判する文書を配布したところ、管理会社からは名誉毀損で損害賠償請求すると言われました。私は責任を負わなければいけないのですか?
回答1:マンションではときどき管理会社を批判する文書を配布したり、あるいは内部で対立があり、理事会を批判したり、特定の役員を批判する文書を配布してトラブルが起きることがあります。このような場合に名誉毀損が成立するのかが問題となります。
名誉毀損の判断基準について最高裁判所は次のように述べています。
「名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、同行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、同事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときには、同行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である」
当該文書が管理会社を批判するものであったとしてその内容が管理会社の社会的な評価を低下させるものであり、実際に評価を低下させる危険が発生していれば、一応名誉毀損となり得ますが、仮に、名誉が毀損されたとしてもそれが
(1)公共の利害に関する事実にかかわること
(2)もっぱら公益を図る目的でなされたこと
(3)摘示された事実が真実であること、又は真実でなかったとしても摘示された事実が真実であると信じるについて相当な理由があること
が認められるときには名誉毀損は成立しないというのが最高裁判所の考え方です。
管理会社の管理業務の内容を批判することは、マンションの管理組合の運営に関わることなので「公共の利害に関する」ことに該当します。
文書の配布が、管理組合のことを考えたことであり、私利私欲を図る目的や管理会社を殊更に誹謗中傷するなど不純な動機により文書を配布したのではないとすれば「もっぱら公益を図る目的」にも該当します。
批判文書に記載された事実が真実であるか、真実でなかったとしても、事実が真実であると信じるについて相当な理由があれば名誉毀損にはなりません。
実際に理事が管理会社を批判する文書を配布したり、組合員が理事を批判する文書を配布して裁判になったケースもありますが、名誉毀損の成立を否定する結論の方が多いようです。
もっとも記載方法やその経緯によっては名誉毀損となることもあり得ますので、特に感情的な記載は控えた方が良いと思います。
事例2:多摩川芙蓉ハイツ事件・東京地方裁判所平成7・11・20判決
概要:A株式会社は、マンション多摩川芙蓉ハイツから管理委託を受け、また同マンションの各種工事を受注していた。そのA社が、同マンションの区分所有者であるBに対し、Bの行為によってA社の名誉及び信用が毀損されたとして、民法709条(不法行為)に基づく損害賠償と謝罪文の配布を求めた。 その訴訟で指摘されたBの行為は、Bが「当管理組合の民主的運営を求める緊急公開状」と題する文書中で、①「A社は登録専門工事(塗装・防水)業者ではないのに、管理組合の一部の理事と結託して、マンションの立体駐車場建設などの工事を受注し、管理組合と管理委託契約を締結した」、②「A社の会社の内容は、当管理組合の預金証書と、それに使用できる組合の印鑑を、一緒に預託できる程の会社内容ではない」などと記載し、A社を中傷、誹謗する文書を同マンションの各戸に配布したというものであった。
判決の趣旨: A社の請求を棄却した。 「本件文書の記載内容の①は、A社の工事受注業者の適格性に問題があるかのような印象を与えるものであり、また、A社が管理組合の一部の理事と結託して独占的に巨額の工事を受注し、A社を不当に利するような不公正な過程により本件マンションの管理会社に選定されたかのような印象を与えるものであって、同記載のある本件文書の配布により、A社に対する社会的評価を低下させるものである。」 しかし「同記載部分は本件マンションの管理組合の運営という公共の利害に関する事項にかかるものであり、Bは真摯に管理組合のことを考えて本件文書を配布したものであり、私利私欲を図りあるいはA社をことさらに誹謗中傷するなど、不純な動機により本件文書の配布を行ったものではないから、本件文書の配布は、もっぱら公益を図る目的に出たものというべきである。」 そして、「A社が登録専門工事業者でないことは真実であるか、Bがそのように信じるにつき相当の理由があったというべきである。また、C社が本件マンションの管理会社であったころからA社はC社を補助する形で本件マンションの管理業務に関与し、A社の社員が原則として理事会の審議に立ち会っており、A社と本件管理組合とは密接な関係にあったこと、A社は理事会に対して無料で本件マンションの長期修繕計画案を示し、立体駐車場建設工事に関する<御見積書>との表題の書類を提出し、費用の概算を示すなど、修繕計画立案に過大とも受け取られる協力をし、その過程においてはA社と競合する他の業者の関与はないことなどの事実に鑑みると、Bにおいて、一部の理事によりA社に対する利益誘導行為があるのではないかと疑ったことも、まったく根拠を欠くものではなく、Bがそのように信じるにつき相当の理由があったものというべきである。」として、不法行為を構成しないと結論づけた。 また、本件記載部分②については、この部分は意見言明であり、「本件マンションの管理委託先をC社からA社に変更する案を検討した理事会において同案が廃案になったこと、C社に管理業務遂行についての落ち度はなかったこと、一部上場会社であるC社と比較してA社ははるかに小規模であることが認められるから、同意見の主要な部分は、真実性の証明のある事実か、Bにおいて真実と信じるについて過失がなく」、かつ「上記諸事実からBの同意見のように推論することも不当、不合理なものといえない。」として、不法行為を構成しないと結論づけた。
解説: 名誉・信用などの人格的利益の侵害については、その侵害行為の態様が法規違反ないし公序良俗違反であるときに違法性を帯び、不法行為となると解されている。名誉の侵害が不法行為となることは民法710条に明文がある。問題は、外形の上で名誉ないし信用の毀損行為があったとき、どのような事情があればその違法性がないとされ、あるいは故意・過失がないとされ得るのかというところにある(民法709条の解釈上、不法行為が成立するためには、違法性があり、故意・過失があることを要する)。 最高裁昭和41・6・23判決によれば、「名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、同行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、同事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、同行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。」 このような判例の流れに沿って、本事案についての上記東京地裁判決が出ている。 なお、真実性の証明は、公表された事実の主要な部分又は重要な部分についての証明で足りると解されている。 名誉ないし信用を毀損するとされた部分が事実の指摘ではなく、意見言明である場合についても、上記の判例理論が応用されている。この点について、上記東京地裁判決は「文書中名誉を毀損するとされた部分が意見言明である場合には、当該文書が公共の利害に関する事項についてのものであり、その文書に意見形成の基礎をなす事実が記載されており、かつ、その主要な部分が、真実性の証明のある事実か若しくは文書を配布した者において真実と信じるについて過失がない事実からなるとき、又はかかる事実と既に社会的に広く知れ渡った事実からなるときであって、当該意見をそのような事実から推論することが不当、不合理なものといえないときには、同意見言明は、名誉及び信用毀損の不法行為を構成しないと解すべきである。」との理論を示した上で、前掲の判断に至っている。 類似の事案を紹介する。平成6年横浜市内のマンションで、一区分所有者が、管理組合総会の席上、理事長の名誉を毀損する内容の文書を配布して、その文書の中で「従来の自主管理の方法は独善的、威圧的で、他の組合員の意見を取り入れず、このことからすると理事長らがなお自主管理方式の継続を強く主張するのは、それにより理事長らが何らかの私的な利益を追求しているからではないか」との疑いを表明した。これが不法行為を構成するかどうかが訴訟で争われた。横浜地裁平成9・5・9判決(判例集未掲載)は「外形的には理事長の名誉を毀損する。しかし、本件文書の作成配布は本件マンションの管理の在り方ないし次期理事長の選挙に関するという公共の利害に関する事項に関して、もっぱら公益を図る目的でなされたものと認められる。そして、次期理事長の選挙に関していえば、候補者に関する批判は、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り許されるというべきであるところ、本件記載部分は、作成者が理事長らに不正行為があるとしてその事実を他の組合員に知らしめようとすることに主眼があるものではなく、従前の理事長の管理行為及び自主管理方式への批判、論評を主題とした意見表明であると認めるのが相当である。そして、本件文書全体を見るとき、上記記載部分が論評の域を逸脱しているものとは認め難く、また、その前提事実はいずれも主要な部分において真実であるということができる。」として、不法行為としての違法性を欠くものと判断した。
事例3:管理組合の理事長の名誉を毀損する内容を記載した文書を配布した行為が名誉毀損にはあたらないとされた事案(札幌地判平成28年10月7日)
概要:本件は、本件マンションの区分所有者によって組織される管理組合の理事長の地位にある原告が、本件マンションの区分所有者である被告らに対し、同人らが本件マンションの区分所有者のうち原告を除く全員に対し、原告の名誉を毀損する内容が記載された文書を送付又は配布したとして、不法行為に基づき、慰謝料500万円及び遅延損害金の支払を求めるとともに、本件マンション内に謝罪文を掲示すること及び全区分所有者に通知文を送付することを求めた事案である。
裁判所の判断:請求棄却
判例のポイント
1 文書の意味内容が他人の評価を低下させるものであるかどうかは、当該文書を読む対象者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものであるところ、本件各記載は、いずれも原告が理事長を務める本件組合が、原告の夫が代表を務めるa社に対し、本件マンションの工事を直接又は間接的に発注したことが、違法行為(犯罪行為)とみられる利益相反行為に当たる旨を指摘する内容であり、本件各文書が配布された本件マンションの区分所有者からみて、本件組合の理事長である原告の評価を低下させるものといえることから、被告らが本件各文書を配布したことは、原告の名誉を毀損する行為といえる。
2 ところで、事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば,その故意又は過失は否定される(最判昭和41年6月23日第1小法廷判決、最判昭和58年10月20日)。 一方、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合には、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、上記行為は違法性を欠くものというべきであり、仮に上記意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である(最判平成元年12月21日、最判平成9年9月9日)。 上記のとおり、問題とされている表現が、事実を摘示するものであるのか、意見ないし論評の表明であるかによって、名誉毀損に係る不法行為責任の成否に関する要件が異なるため、当該表現がいずれの範ちゅうに属するかを判別することが必要となるが、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるときは、当該表現は、上記特定の事項についての事実を摘示するものと解するのが相当であり、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見ないし論評の表明に属するというべきである。
3 本件各記載は、要するに原告が理事長を務める本件組合が、原告の夫が代表を務めるa社に対し、直接又は間接的に本件マンションに関する工事を発注したことが、利益相反取引として違法行為又は違法行為の疑いがある旨を指摘するものであり、このうち利益相反取引として違法行為又は違法行為の疑いがあるとの点については、法的な見解を表明するものであって、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に対する特定の事項に当たらないことは明らかである。 したがって、・・・本件各記載は、上記で判示した意見ないし論評の表明に当たると解するのが相当である。 4 本件文書1は、その表題や全体の記載内容に照らし、本件マンションの区分所有者に対して、現在の本件組合の運営に関する問題点を指摘し、総会への出席を求めるものであり、また、本件文書2についても、その表題や全体の記載内容に照らし、本件マンションの区分所有者に対して、総会後に開催された説明会を含むこれまでの事実経過を報告し、本件組合役員の早期解任を訴えるものであると認められ、いずれも本件マンションの区分所有者全体の利害に関する本件組合の運営改善及び管理費等の保全を図る目的で配布されたものであり、公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められる。 そして、a社による本件マンションに関する工事の受注については、当事者間に争いがないことから、本件各記載の前提となる事実の重要部分について真実と認められる。 加えて、上記のとおり、本件各文書は本件組合の運営改善及び管理等の保全を図る目的で配布されたものであり、その表現をみても、安易に断定することなく、「疑いも有る」、「可能性がある」、「考えられる」等の記載がされるなど、一定の配慮がされており、上記目的を離れて原告個人を誹謗中傷したり、人格を攻撃するような内容の記載はないことから、いまだ意見ないし論評の域を逸脱しているとは認められない。 以上によれば、本件各記載は意見ないし論評の表明として違法性を阻却されることから、不法行為に該当しない。
上記いづれをの判決を見ても、名誉棄損とはなっていません。ビラを投書した本人が、悪意を持ってではなく、マンションを良くしたいという公益性を持って行う行為であれば、確たる証拠がなくても、違法性は問えないというのが、3件いづれについても言えそうです。
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